東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第17回(野尻)「漫才はもういいです。本当にお笑いが好きなら、ピンを考察しなさい。」

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公開日:2025/8/28

東大卒お笑いコンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」
東大卒お笑いコンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 撮影=booro

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出・「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第17回は野尻回。

第17回(野尻)「漫才はもういいです。本当にお笑いが好きなら、ピンを考察しなさい。」

こんにちは。無尽蔵の野尻です。

1980年代終盤から1990年代前半の日本にはバンドブームが到来しましたが、2020年代の日本にはお笑いブームが到来しています。お笑い芸人が行う独創的なネタ作りと当意即妙な切り返しは特別な尊敬を集めるようになり、特に若い世代には「芸人はスゴいしカッコいい」という意識が数年前よりも広まったように感じます(それはしばしば、新興のおどけ役であるYouTuberとの比較によって語られますが)。

大学一年生の時、私はクラスの友達や美容師さんに「お笑い」サークルに入っているなんて恥ずかしくて言えないという消極的な理由で「落語」研究会へ入ることを決めましたが、今お笑いサークルに入る子どもたちは、そんなウジウジした自意識を感じることもないのでしょうか。

【写真】漫才が持てはやされる今、ピン芸について改めて考えてみる無尽蔵
【写真】漫才が持てはやされる今、ピン芸について改めて考えてみる無尽蔵 撮影=booro


昨今のお笑いブームはM-1グランプリの隆盛に伴って拡大し、そのおかげで多くの漫才コンビが人気者の仲間入りを果たしました。つまり言ってしまえばこのお笑いブームは「漫才ブーム」なのです。お笑いというか、漫才が流行っているのです。漫才以外の、特にピンに関してはブームの恩恵を受けられていないような気がします。

「本当にお笑いが好きなやつは、ピンが一番好き」という言い伝えがお笑い界にはあります。漫才やコントにはウケるための定石や文法が整備されまくっており、コンビネタはしばしば見やすいだけの単なる予定調和に陥るが、各演者がゼロからフォーマットを築く必要があるピンネタには真にプログレッシブな瞬間があるため、探究心に溢れる能動的かつ殊勝なお笑い好きはピンを一番愛する、というのが言い伝えの論旨です。

事実、何が漫才で何がコントかは笑いの取り方で定義されるのに対し、何がピンかは舞台に上がる人数によってのみ定義されるという、歪なジャンル分けが広まっているわけです。相方との折衝によって妥協的になったコンビネタより、純粋な独創性が反映されたピンというある種プリミティブな形態こそが、観客を予想もつかないところに連れていってくれる危険な匂いを放つのだと。

しかし、世間では漫才の方が圧倒的に注目されています。それもそのはずで、漫才はボーッと見ていても楽しめるように作られている、ウケに特化したお笑いの形だからです。お笑いライブに日常的に関わっている人なら分かりますが、ピンよりも漫才の方が圧倒的にウケます。バトルライブでピン芸人が1位をとることは23区に積雪が観測されるくらい珍しい出来事で、ピン芸人がいくら丁寧にフォーマットを構築しようと、漫才のボケ・ツッコミという構造の手っ取り早さがそれを抜き去るのです。

 撮影=booro


舞台の上やテレビの画面に一人の人間しかいないという異常事態に大抵の観客が感じてしまう不安を、いかに取り除くかという特別な宿題がピン芸人には課されているわけです。笑いを取ることだけ考えるなら、ピンは間尺に合わないと言えます。

漫才への人々の関心が高まったことによって、漫才の考察ブームが訪れました。人気芸人の漫才のやり口を分解し、その巧みさを解説して称賛するという向きがテレビやネット記事やYouTubeなどで生まれ始めました。途中でボケツッコミが入れ替わっているのがすごいとか、一人何役やってるのがすごいとか、新しいシステムを発明したのがすごいとか、あらゆる切り口の考察が飛び交います。

しかし、極めて根本的なことを言えば、そもそも特に集中せず受動的に楽しめるように作っている漫才をいくら考察してみせたところで、観客が頭でっかちになるだけで、意味のあることではないと私は思います。

近年のM-1グランプリの決勝で披露される漫才に関して、ネタの中で面白さが伝わっていない部分なんてほとんどないわけですから、そのままにしておけばいいじゃないですか。分かりやすさが売りのエンタメをさらに噛み砕き、大仰な言葉と一緒に口移ししてあげて、視聴者をなんだか賢くなったような気にさせることに意味などないわけです。

 撮影=booro


ですから、考察するならピンネタを考察した方が遥かに生産的です。遥かに世の中のお笑いリテラシーの向上に寄与すると思います。なぜならピン芸はある程度こちらから楽しみにいく必要があるお笑いのジャンルであり、やっていることの新しさゆえにプロが解説する余地に溢れているからです。

ピン芸への理解が乏しいと、「うわ、知らんやつが一人でなんかやり出したわ(笑)」みたいなリスペクトを欠いた鑑賞態度につながる危険性があるため、ピン芸人こそ考察や評論で権威付けしてあげた方がいいのです。もういいよ漫才は、散々尊敬されたでしょ。

毎年2月に開催されるR-1グランプリはただでさえ影が薄いですが、その最後の開催から半年が経っているこの時期、つまりR-1から1年で最も遠い時期にピンネタについてここまで考えている漫才師がいましょうか。ご覧の通り、流行りに乗って注目を集めようという意図はありません。ただ皆さんに、お笑いをもっと愛してほしいだけなのです。

 撮影=booro


■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出。
無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao
無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin
無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane

<第18回に続く>

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