ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、宇都宮直子『渇愛 頂き女子りりちゃん』
公開日:2025/9/5
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年10月号からの転載です。

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介! 誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。 さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は? (写真=首藤幹夫)
宇都宮直子『渇愛 頂き女子りりちゃん』

小学館 1870円(税込)
●あらすじ●
「頂き女子りりちゃん」と名乗り、総額約1億5千万円を男性たちから騙し取ったうえ、その方法を「マニュアル」として販売し逮捕された一人の女性がいた。金をすべて歌舞伎町のホストにつぎ込んでいたことや、そのキャラクター、マニュアル販売などで世間の注目を浴びた彼女の事件を、「りりちゃん」に引き込まれ、揺さぶられながらも徹底的に取材した著者が描く、衝撃的なノンフィクション。
うつのみや・なおこ●1977年生まれ。ノンフィクション作家。フリーランス記者としても取材を行っている。主な著書に『絶望するには早すぎる』、『ペットと日本人』、『ホス狂い』などがある。2025年、本作(受賞時のタイトルは「極彩色の牢獄」)で小学館ノンフィクション大賞を受賞。
【編集部寸評】

目が醒める熱量で事件に迫る
「頂き女子りりちゃん」の事件が世間を賑わせた当時、他人事のように感じつつ、ぼんやりと「おぢ」に哀れみを抱いていた。本書もそうした感覚で読み始めたが、渡邊被告に翻弄されながらも、センセーショナルな事件の本質に迫らんとする著者の気魄によって、私の漫然とした想いは霧散していく。果たして自分事であった。いつだっておぢ側になり得るし、逆もまた然り。別世界の物語ではないのだ。抗いがたい事実を慎重に受け入れ、考え続けなければならない。悪とは何か、幸せとは何か――。
似田貝大介 本誌編集長。夏休みに編集部員が海外や離島に繰り出す中、私は長瀞渓谷へ。舟下りの最中に雨が降り始めたので、水しぶきは関係なく濡れそぼつ。

「りりちゃん」の本質とは何であったか
「悪」がどのように生まれ育つかに興味がある。誰しも産まれたときから人に糾弾され恨まれる悪人になりたいわけはないだろうから、それが組成される過程をできるだけ知りたい。本書はその欲望をあまりにも満たす内容で、特に終章「極彩色の牢獄」が凄い。彼女の弁済を支援してきた草下氏が分析する「りりちゃん」の本質が胸を衝く。その言葉にかつての、あるいは現在の自身を見る「女のコ」は少なくないのではなかろうか。それにしても「おぢ」が可哀想すぎる。幸せになってほしい。
西條弓子 ネトフリで配信開始した『火垂るの墓』を観て、子どもの頃は理解できなかった複層構造にめちゃくちゃ感動。3日連続で観てしまった。観すぎ。

物語に回収しない、させない
男性から計算高く大金を奪った稀代の悪女か、搾取の連鎖に呑み込まれたかわいそうな少女か。あまりにセンセーショナルな存在だった「頂き女子りりちゃん」の《誰も知らない、私だけの物語》を求めて、著者も読者も、彼女の話にのめり込んでいく。しかしどこまで進んでも、小説のようなカタルシスは得られない。伏線はなく、意外な動機にもたどり着かない。くるくると変わる彼女の態度に翻弄される様を、そのまま書き記した著者の誠実な姿勢に、ノンフィクションの在り方を教えられる。
三村遼子 ふるさと納税で頼んでいた桃がわんさか届く。果物に塩をしてサラダ的に食べるのが苦手でしたが、桃ディルに出会ってからは、すっかり虜です。

「キラキラの牢獄」から抜け出すとき
“おぢ”“ 頂き”など独特の言語感覚と個性的なキャラクターで、注目を集めてきたりりちゃん。周囲の関係者や被害者も丁寧に描かれており、彼女の孤独が際立つ。「生身の血が通っているように思えたのは、垣松氏の苦渋に満ちた陳述書だけだった」。法廷で被害者が語る言葉が現実味を持って迫ってくる一方、浮世離れした印象のりりちゃん。筆者は「『キラキラの牢獄』から抜け出し、社会へ戻るまでを見届けようと思う」と決意する。私もまた、数年後彼女の新たな物語を読みたいと思う。
久保田朝子 この暑さのせいで、気付いたら1日3つもアイスを食べてしまうことも。ひととおり食べたところ、定番の白くまアイスがマイベストという結論に。

強烈な引力を放つ一冊
「頂き女子りりちゃん」の正体に迫るべく、拘置所にいる彼女や関係者への取材が重ねられていく本書で、特に印象深いのが、記者自身がりりちゃんにのめり込んでいく様だ。東京で仕事をするなかでも時間があけば名古屋の拘置所に飛び、面会できる確率を上げるため名古屋に部屋を借りる。20年にわたり「取材対象者とは一線を引き、一定の距離を置くこと」 を心がけていたという記者をも惹きつけるりりちゃんとは。その熱量に引き込まれながら、自らもまた彼女に魅了されていることに気づく。
前田 萌 最近になって食への関心が高まってきた気がします。今は糖質ゼロ麺を使ったアレンジ料理が日々の楽しみ。健康的な生活を目指したいと思います。

ノンフィクションから見えるストーリー
何か物事が起きた時、その背景のストーリーを人は知りたがる。本作では複数の男性から金銭を騙し取って逮捕された「頂き女子りりちゃん」の人間像が様々な視点から映し出されていく。なぜ彼女が「頂き女子」になったのか。彼女の生い立ちや周りの人々の証言からそのストーリーを探すが、次第にどれが真実なのか不明瞭になっていく。だからこそ、それぞれが想像するストーリーが浮かび上がるはず。読んだ人の立ち位置によって見える世界が変わる、誠実なノンフィクション作品。
笹渕りり子 朝井リョウさんの特集を担当。単独・対談インタビューはもちろん、いかに朝井さんが愛されているかが垣間見える寄稿とインタビューも必見です。

りりちゃんだけが悪いのか?
正直、報道を見て最初に思ったことはそれだった。置かれた環境が彼女を追い詰め犯罪に向かわせた、だから悪いのは彼女ではなく社会だ――取材を通し、著者さえもりりちゃんへ傾倒していく様に、その思いが強くなる。だが、全財産を失い、遺書まで書いたという被害者の切実な言葉に触れ、ページを捲る手が止まる。傍観者だった事件がぐっと距離を詰めてきて、慄然とする。断罪を目的とした本では決してない。結論も出ない。この読書体験を通して動く気持ちに、目を向けてみてほしい。
三条 凪 朝井リョウさん特集を担当。作家生活15年を振り返るインタビューを皮切りに、各界で活躍する方々との豪華対談も3本収録! 特集は30ページから!

危うさに搦め捕られたような
支離滅裂で浮世離れした発言ばかりかと思えば、とても残酷かつ冷静に「頂き行為」を理論化する。本書を読み進めても「りりちゃん」という人物は自分の中でうまく像を結べない。そんな私の迷いを映し出すように、筆者も彼女との距離を見誤り、「記者としての信条」に反してしまう。それほどの不思議で危うい引力を持つ彼女が求めたのは、人から必要とされること。金銭以外で彼女が自分を肯定できる道はなかったのか。彼女の引力がいつか正しい方向へ進むことを願わずにはいられない。
重松実歩 キャンプを経て個人的ポトフブームが到来。ほぼ毎日せっせと作っているのですが、調理中も食事中も食べ終わったあともずっと汗だくなのが悩みです。

いわゆる悪意、とは別の何か
人に好かれたい、というのは社会で生きる人間にとって、一種の本能なのだろう。では一体誰にどう好かれたら良いのか。そのバランスを養うことが、一つの成長の過程なのだと思う。この点で、「りりちゃん」の中に歪さを見た気がする。話し相手には半ば反射的に愛嬌を振りまく半面、「おぢ」を嫌悪し、ときに家族を、支援者を拒絶する。見えない所にいる人の心に思いは馳せず、目前の人から好かれることで生き延びる。社会の中の人間としてはおそらく未熟な、しかし強かな本能を感じた。
市村晃人 一人暮らしの家にやっと、テレビが来ました。生まれてこの方、テレビと共に育ってきた身としては、これでようやく新生活が始まった気がします。