山里亮太 妬みキャラから結婚、MCへ…時代と自分の変化の中で覚える劣等感 山里亮太×宮嵜守史【対談】/ラジオはパーソナリティ〝次第〟②
公開日:2025/9/20
〝ファニー〞よりも〝インタレスティング〞を極める
山里 ラジオだけじゃなくて、お笑い界においてもそうですけど、みんながそれぞれ自分の武器を持ってるわけじゃないですか。それを持って戦ってる。自分の場合は一番の武器を1回捨てて、今は次の武器を探さなきゃいけない。それで、自分が努力で辿り着ける最高峰は何かなと考えたときに、伊集院(光)さんや古舘(伊知郎)さんが思い浮かんだんです。
宮嵜 前から名前を出しているもんね。
山里 伊集院さんは普通に歩いてるだけでそこがドラマになったり、好奇心を全部エンタメに変えることができたり、伝える能力が神がかり的にすごい。その才能は自分にないけど、努力で辿り着ける部分もあるのかなって。古舘さんを見ていて思ったんですけど、「興味深く伝えるというおもしろさ」もあると思うんです。エピソードトークを自虐やオチでおもしろくするのとは別に、伊集院さんや古舘さんは〝ファニー〞よりも〝インタレスティング〞のおもしろさを極めてる。ひょっとしたら、それが次に自分がやれることかもしれない。物事を描写するのはなんとか頑張ればできるかもしれないなと。
宮嵜 向いてるかもね。山ちゃんはツッコミだからさ。みんなが同じものを見たときに、山ちゃんだったらなんて言うか、なんて思うかって部分は、伝えることにすごく重なってるよね。
山里 そこが数少ない救いの道かもしれません。発想で「10」ぶっ飛んだワードを言うツッコミの人は山ほど出てきたんですよね。自分もずっとそれをやろうとしてきたけど、そうじゃなくて、「0.5」ぐらいでいいから何かをしっかり伝える力を鍛えようかなって。特に朝の情報番組をやってるとそう思うことが多いんですよ。たとえば、イスラエルとイランの問題を何かにたとえてサラッと伝えられたら、ニュースのMCとしてまだ誰もやってない武器になるんじゃないか、とか。それに気づけたのはラジオをやっていたからですね。
宮嵜 誰もやったことはないし、見たことがないものでも、伊集院さんが説明すると、「ああ、そういうことなんだ」ってみんな頭の中で想像できるんだよね。
山里 そうなんです。15年間ラジオを続けてきたからそういうことに気づけたし、自分が諦めないきっかけになりました。僕はとんでもない設定を思いつかないし、漫才もメチャクチャうまいわけでもないけれど、伝えることに関しては、15年間、週に1回、強制的に筋トレさせてもらってきたんだなって。
宮嵜 ラジオにおいて伝えることって、もちろんテクニカルな部分はあるけど、それともまた違う何かもあるんだよね。
山里 そうなんですよ。それは物事に対する温度とか、好奇心なんですよね。何かを伝えたくて話が止まらない回数が多ければ多いほどいいんですけど、僕はちょっとそれが少なめだから。時々、「今日はこの話がすげぇしたいなあ」と思ってそれができた日は、さっき宮嵜さんが言ったような「今日はよかったな」って感じるときかもしれない。
宮嵜 テクニカルな部分と同時に、伝えたい、伝わってほしいという思いが伴わないとね。テクニックに走ると、聴いてるほうは本当にそれを伝えたいのかなという気持ちにもなる。そのバランスが難しいよね。しかも、山ちゃんの場合は1人で喋っているからさ。ブレーキを踏んだり、アクセルを踏んだりしながら、どの道に行くのか1人で決めなきゃいけない。前提として、1人で2時間の生放送を喋るって異常なことだから(笑)。
山里 「本当に自分が行きたい道なのかわからない」とか、「この道を進んだら、〝いいところ突いてるって思ってくれそう〞だから進んでる」とか、そういう気持ちってえらいもんでリスナーが全員気づくじゃないですか。その怖さもありますよ。たとえば、「今日はこの話をしたい」じゃなくて、「水曜日が来てしまったから、この話でなんとかしよう」みたいな気持ちで話したら、ちゃんと気づかれる。僕も「リスナーは気づいてるんだろうな」と思って、余計にビクビクしちゃって、結局どんどん縮こまっていっちゃう。
宮嵜 1人だからさ、自分の気持ちが乗らなきゃそれまでになっちゃうじゃない? 「ああもう、今週はこれでいいか」というトークの選び方をしていると、伝えたい気持ちが醸成されない。でもさ、そんなに毎週毎週心の底から伝えたいことって出てこないよね。
山里 それなのに伊集院さんや太田さんが本当に気持ちの乗っているトークを毎週やっているのを聴くと、もう人間が違うんじゃないかって。
宮嵜 いやいや、そんなことはないよ。
<この対談の続きは書籍をご覧ください>
<第3回に続く>