ヒコロヒー×宮嵜守史【対談】テレビ出演が増えた時期に始めた配信が、すべての気持ちを置いていく場所に/ラジオはパーソナリティ〝次第〟③
公開日:2025/9/21
『ラジオはパーソナリティ〝次第〟』(宮嵜守史/ポプラ社)第3回【全5回】
「結局、ラジオはパーソナリティのものなんだよ」。AD時代、放送作家に言われたこの一言が忘れられない――。ラジオ番組の賛否を全面的に背負うパーソナリティ。その魅力や必要な能力、聴く人を味方につける技術とは? TBSラジオ「JUNK」統括プロデューサーで本書の著者・宮嵜守史。山里亮太、ヒコロヒー、ジェーン・スー、アルコ&ピースら計9組の人気パーソナリティとの対談を通してラジオパーソナリティとは何かを考えた一冊『ラジオはパーソナリティ〝次第〟』をお届けします。


出会ったことがないタイプのパーソナリティ ヒコロヒーさん
対談した当時、ヒコロヒーと僕はYouTubeで「岩場の女」という音声コンテンツを配信していた。夜な夜な2人で集まってはスタジオでもない空きスペースで録音し、コソコソと公開していた。お互いに私的な行為だった。3年ほど続けてPodcastに挑戦することを決めた。
YouTubeは音声コンテンツより動画コンテンツを求める人が圧倒的に多い。公開されているほとんどが動画コンテンツ。投稿者は性別も年齢も国籍も千差万別。そんな総合格闘技場みたいな場所でひっそりとラジオの鍛錬をしていた。そのときヒコロヒーが感じたことを投稿するというより〝投棄する〞ことが当時はしっくりきていた。
Podcastに挑戦した理由は3つ。音声コンテンツを配信するライバルしかいない市場で勝負してみたかったこと。オフィシャルな業務としてヒコロヒーに向き合いたかったこと。ヒコロヒーのトークの特徴や才能が唯一無二であると感じたこと。
ヒコロヒーというパーソナリティは今までに出会ったことのないタイプだった。その彼女の魅力を僕はもっと多くの人に伝えたい。
最初におもしろいと言ってくれたのが宮嵜さん
宮嵜 知り合ってから結構長いし、いろいろ話してきてるけど、まだヒコロヒーのことがよくわかってないんだよね。乙女になるときと、男っぽくなるときがあるし。
ヒコロヒー 乙女なところってどこで感じてるんですか?
宮嵜 居酒屋で料理が来たときに、音が鳴らないように軽く拍手するところ(笑)。
ヒコロヒー それを乙女と定義づけられてるんや(笑)。
宮嵜 あと、ネタ以外のトークをしてるとき、おまじないみたいに手を叩きながら喋ってるよね。心を落ち着かせるために自分でリズムをとってるというか。ヒコロヒーには多面性がある気がする。『岩場の女』を録ってても感じるけど、ヒコロヒーの中にまだ売れてない、恵まれてない立場の自分もいるじゃん?
ヒコロヒー うんうん。
宮嵜 でも、同時に売れてる自覚もあると思う。鼻にかけてるという意味じゃなくて。売れているからこそある程度の責任が出てきて、それをしっかり守ろうとしている自分がいる気がする。
ヒコロヒー 「今日はこのモードにしよう」なんて意識したことは1回もないんですけど、『岩場』では「こんなん言って大丈夫ですかね?」と確認するときがありますよね。
宮嵜 「これ言ったらマズいかな」というブレーキが新設されてるんじゃない?
ヒコロヒー たしかになあ。それはあるかもしれないです。
宮嵜 あと、人前であるかそうでないかの意識もすごくあると思う。昔、ヒコロヒーがツイキャス★1 をやってるのを聴いたとき、リスナーが8人だけなのに「多い」と言ってたじゃん。その基準にはシンパシーを感じる。
ヒコロヒー ツイキャスで8人は多いですよ。しかもあれは深夜3時半ぐらいでした。
宮嵜 「もうメディアになっちゃう」って言ってたからね。
ヒコロヒー それはもう大メディアですから。
宮嵜 その意識がホントに興味深い。
ヒコロヒー 『マイナビ Laughter Night』★2 でネタをやったときに、審査員だった宮嵜さんから声をかけてくれて、それから飯に連れていってもらうようになったんですよね。そのあと、あの痰壺みたいなツイキャスを「実は聴いてました」と言われたから、「8人のうちの1人は宮嵜さんやったんかい!」って驚きました。『Laughter Night』でもホント汚いだけの女がネタをして、しかも4分しか持ち時間がないのに、1人だけ8分ぐらいやってましたから。
宮嵜 前振りの長いネタでね。
ヒコロヒー 宮嵜さんは「おもしろかったね」と言ってくれましたけど、それまでそんなことなかったんですよ。オーディションに行っても、ネタをちゃんと見てもらえないなんてザラにありましたし、「このネタはR-1でどこまで行ったんですか?」ってきかれたこともありました。「いやいや、目の前でネタを見たんやから、なんで他の誰かがつけた成績が気になってるん?」なんて思ったり。あのころは「出会う人に嫌なヤツが多いなあ」って思ってた時代やったんです。そんな中で、純粋にネタだけを見て「おもしろいね」と言ってくれたのが衝撃的でした。フタを開けてみたら、その人があの〝ヒゲちゃん〞だと。当時は宮嵜さんみたいな〝痛くない人〞ってまわりで結構珍しかったんです。
宮嵜 痛くないってどういうこと?
ヒコロヒー 20代で若かった私の中では、ある程度培ったものがある人たちって、名も無き若手の前で「俺はこれをやって、あれもやってきた」とか、「あの人と仲が良くてさ」とか、「あいつを育てたのは俺だ」って、なんか雪崩のように言ってくるイメージだったんです。それが痛いよね、寒いよねって感覚が最初からありました。でも、宮嵜さんは私の好きなラジオをやってた方やから、風土も同じというか。私もすぐ懐いて、飯に行くようになったけど、良いときも悪いときも変わらずにずっと「単独おもしろかった」「あのネタいいね」「いい設定だね」って声をかけてくれました。
★1 2017年4月3日27時、ヒコロヒーの同期であるお笑いコンビ・ランパンプスの『オールナイトニッポン0』の初回放送がスタート。いてもたってもいられなくなったヒコロヒーが真裏でツイキャスを始めたのを、『伊集院光 深夜の馬鹿力』の生放送を終えた宮嵜が偶然発見した。
★2 TBSラジオで2015年4月にスタートしたお笑いのネタ番組。公開収録によるオンエア権争奪ライブが行われ、年間のグランドチャンピオンになると、冠特番が放送され、番組後半の30分枠を1年間担当するのが習わしとなっている。