東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第18回(やまぎわ)「お笑いと内輪ノリの甘美な関係〜お笑い界の内輪ノリ化が止まりません!〜」

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公開日:2025/9/4

東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 撮影=booro

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出・「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第18回はやまぎわ回。

第18回(やまぎわ)「お笑いと内輪ノリの甘美な関係〜お笑い界の内輪ノリ化が止まりません!〜」

早いものでこのコラムも開始から3ヶ月が経とうとしています。ところで、「なるほう堂」さんという書評サイトで、当コラムを評した文章が7月の「なるほー賞」を受賞されたようです。僕らより巧みな文章で僕らのことを書いてくれていますので、ぜひご覧ください。

「混沌を抜け、尽きせぬ軽やかな飛翔へ―無尽蔵コラム連載「尽き無い思考」感想―」
https://naruhoudou.com/mujinzo/

初めて前後編に分けさせていただきましたが、正直ここからが本編のようなものです。まだ二週前の記事を読まれてない方も、ここからで問題ありませんし、これ読んでさらに理解を深めたい方には是非前編を読んでくださいという感じでお願いします。

【写真】お笑い界に“今”に疑問を投げかけ続ける東大卒コンビ・無尽蔵
【写真】お笑い界に“今”に疑問を投げかけ続ける東大卒コンビ・無尽蔵 撮影=booro


語りたいのは「お笑いの内輪ノリ化が止まらんな」という話です。

これは大きなメディアでもそうですし、日々のライブシーンでも同様です。メディアにおいては、「お笑い」が前提になっているお笑いが増えている気がします。

例えば、トークバラエティの「〇〇グランプリファイナリストスペシャル!」みたいな内容は毎年無数に放映されています。

たしかにM-1グランプリなどは年々盛り上がりを見せ、お笑い界では大きなムーブメントになっていると思います。しかし、世間のマジョリティはM-1グランプリを見ているのでしょうか…?M-1グランプリ2025の平均世帯視聴率(関東)は18.0%、1クラスに約5人いるかなという程度で、教室の隅っこで1サークルを形成できるかという程度です。

少し前の話になりますが、例えば「ニューヨークの『最悪や!(※)』あれ良かったね〜」、みたいな会話が普通に行われていた印象です。M-1見てない人は諦めるというか、「M-1を見た人は100%楽しめる」ように振り切ったバラエティが増えているような印象を受けます。
※…ニューヨークさんと松本人志さんの絡みの中で屋敷さんから飛び出したコメント

さらに現代では、M-1決勝でニューヨークさんが披露したネタをモノマネした漫才をラパルフェさんが準々決勝で披露し、そのネタをしくじり先生が取り上げる…といった事態が発生しているのです。そのYouTube切り抜きは、既に200万回以上再生されています。凄い時代です。この面白さをお笑い見たことない人に伝えるのにどれだけ時間がかかるのでしょうか?

 撮影=booro


ライブシーンも、日々足繁くお笑いライブに通ってくださるリピーターの方々が多いため(本当ありがたいことです)、固有名詞が飛び交う時間は多いです。

「いや16:10開演ってそれワイガヤ(※1)じゃねーか!!」とか「いぶきアピールタイム(※2)みたいになってるって!!」みたいなくだりでライブハウスは笑いに包まれます。最近の無尽蔵のライブMC中の鉄板話題は、野尻氏のカレーの件(※3)です。

※1…鬼塚ムソウさんが主催を務めるお笑いライブ。変な時間に開演するでお馴染み。
※2…K-PROさんの若手バトルライブ「いぶき」内の企画コーナー。「若手芸人が自分の特技をアピールすること」以外の何も決まっていないため、回によってはちゃめちゃな感じになる。
※3…野尻氏がかもめんたるさんと一緒の楽屋なことに気づかず、自身のカレー店「マキオカリー」を持つ槙尾さんの前で「わざわざカレーをお店に食べに行く人の意味がわからない」と発言してしまい、そのことを槙尾さんのXに書かれた件。もちろん一連の流れはお笑いとして消化されました。

以前話題になっていた「水質VS和室界隈」というライブも象徴的でした。僕の大学お笑いの2年先輩の奇人、南京町宮殿の水質さんが栗原さん・大久保八億さん・牛女しらすさんなどで構成される「ハキ面(はきおも)」メンバーを「和室界隈=身内だけで盛り上がっている芸人達」と一蹴し、お笑いライブ内で決着をつけようやとした物になります。結構Xなどでも盛り上がりライブは盛況に終わっていました。いや水質さん!!!あんたのやってる興業が一番内輪ノリやないか!!!

まだ一度も地下のお笑いライブに見に行かれたことが無い方は少し驚いてしまうかもしれません。自分の知らない言葉で会場が笑いに包まれる瞬間があったらちょっと怖いですよね…。もちろん上のような内輪ノリが登場するライブは全てではありませんが。

 撮影=booro


飛び交う固有名詞、必須化するお笑い時事履修。お笑い界はどこへ向かっていくのでしょうか。

お笑いはもはや大衆に向けられたコンテンツという物ではなく、多くの前提を共有したものだけが楽しめるマニアックな物になってきていると言えるでしょう。賞レースも話題についていくために見させられているような感じがして、少し息苦しいです。

真っ向からそれを否定することはしません。前編でお話しした通り、お笑いには元来内輪ノリ的な性質があり、「分かる人が楽しめる」ものであるからです。ただその「分かる人の輪」がどんどん小さくなっているのかなと。

それも仕方ないのかなという自分もおります。例えば、お笑いでは「短い言葉にたくさんの意味合いが含まれていると面白い」という傾向があります。

心理学でも、「ある文化に共通した意味や価値観、ステレオタイプなどを簡潔に伝える表現」として「文化的速記」と呼び、同じ枠組みでコミュニケーションを取ることで安心感を得られたりするそうです。また、同参照元では、内輪ノリは「集団に所属しているというシグナルを脳に」送り、「脳の報酬系を活性化させ、社会的な安心感を生み出す」そうです。分かる人と分からない人を分つ線をあえて色濃く引くことで生まれるグルーヴというのも存在します。

参考:https://gigazine.net/news/20250614-inside-jokes/

 撮影=booro


ただなんというか、僕にとって内輪ノリは「ウケるから言っちゃうけど魂削れてる感じがする」ものです。それは僕を受け入れてくれたお笑いのオープン性とのジレンマです。

クラスの輪に入れなかった人の憩いの場としてあったはずのお笑いが排他的だと少し悲しいのです。自分を受け入れてくれたのに、他の人は追い出すのは何ともワガママな気もしてしまいますし。

僕の感覚では少なくともネタは内輪ノリから解き放っておきたいなというのがあります。分かる人分からない人の線を明確に区別する手法は甘美ではありつつもちょっとズルいというか、むしろそのネタの天井を決めてしまっているような気がします。東京大学落語研究会の中では、「いつでも初めて見た人が面白いと思えるものを作れ」というマインドが根づいていたというのもあります。

大学お笑いの大会などでも、サークルいじりや固有名詞ボケは多いですが、ウケはすれども票数には繋がらない印象です。やはりお笑いと内輪ノリには明確な一線が引かれているのでしょうか。

少なくとも芸人が「知らない方がヤバい」というスタンスで見る側に強要するのはどうやねんと。一時期テレビライブ問わず流行っていた地面師ノリも芸人が基本暇やから地面師見てただけで、受け手は「?」だった可能性もあります。「お笑い楽しむために地面師見なきゃ…!」は何かが倒錯していると思いますしね。コミュニティやノリに縛られず、自分が純粋に興味の持った物だけを楽しめば良いと思います。

僕には「自分の知ってることはみんなも知っているだろう」と思ってしまう癖があるので、しっかり世間との塩梅を見極め、これからもちょうどいいラインのあるあるネタを見つけていきたいと思っています。

■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出。
無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao
無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin
無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane

<第19回に続く>

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