歌人・穂村弘が講評 『短歌ください』第209回のテーマは「サンドイッチ」

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2025/9/26

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年9月号からの転載です。

今回のテーマは「サンドイッチ」です。「短歌ください」的には、たまごサンドがいちばん人気でした。

●コンビニのサンドイッチのパンとパンだけになってる最後のひとくち
(夏風かをる)
そうなりますね。死の直前を意識するように、「最後のひとくち」がはっきりと捉えられている。

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●大きなる野球グローブあらわれてサンドイッチをキャッチするかも
(公木正)

北原白秋の「大きなる手があらはれて昼深し上から卵をつかみけるかも」のパロディか。「サンドイッチ」「キャッチ」の押韻も効果的。

●コンビニのたまごサンドはむったりとしてない母が作ってないから
(村川愉季・男)

つまり、「母」が作った「たまごサンド」は「むったり」している。というか、「母」という存在そのものが「むったり」しているのかも。

●自作したサンドイッチの具がこぼれ拾って食べる留守番の昼
(森本晋・男・66歳)

「具がこぼれ拾って食べる」という流れを自ら意識することによって、「留守番の昼」に特有の空虚感が伝わってくる。

●ただ一度マカロニサンド作りしは何故なるや十三回忌
(発泡酒・男・63歳)

今となってはその真意を知るすべはない。「なにゆえなるや」という音の響きに微妙な「マカロニ」っぽさがあるようだ。

●食パンにつぶしたたまごをたっぷりと妹たちは大の字で寝る
(大島奈緒・女・17歳)

「つぶしたたまご」は「食パン」の上に、「妹たち」の「大の字」はベッドの上に、どちらもいっぱいに広がっている。うっすらとした死の匂いも共通だ。

では、次に自由題作品を御紹介しましょう。

●ミロ展はいない子どもと見てまわる14歳の星が瞬く
(佳丸・女・44歳)

「14歳になる子どもがいたはずなので」という作者のコメントがありました。「ミロ展」と「星」が幻の「子ども」を照らし出す。

●十数年前にアメンボいた池を覗いてみたらアメンボがいる
(猪山鉱一・男・23歳)

当たり前のような、でも、奇蹟のような。目の前のそれは、あの時の「アメンボ」かもしれないから。

●男の子二人の前で放屁して私の序章が終わりを告げた
(冷子・女・21歳)

「私の序章」という表現が素晴らしい。絶望して、でも、新しい章が始まるんだ。

●背の順の後ろの方の人たちが笑う理由を僕らは知れない
(時裕美子・女・31歳)

わかります。自分の回りはいつも静かな気がする。「掘りごたつに足をぶら下げ合っている打ち上げ 遠い人ほど笑う」(鈴木晴香)を連想。

●靴に蟻が入っている気がしてる検査結果を聞きに行く朝
(シラソ・女・40歳)

不安な予感が形になったのか。石や砂ではなく、「蟻」というところが怖い。同じ作者の「さわったら買わなきゃならない駄菓子屋であいつはおばちゃんにさわった」も、世界のルールを作った神に触ってしまったような衝撃あり。

●カート押しみなレジへ行く天国もこんな感じで行くんだろうか
(古橋紗弓・女・38歳)

属性にかかわらず、全員が必ず最後に「行く」しかない場所。「レジ」は「天国」の入口なのだろう。

●キッチンで結婚式を挙げているハエを一度に天国へ送る
(くりはらさとみ・女・54歳)

交尾中の「ハエ」を「結婚式を挙げているハエ」と云い換えたことで、教会に雷が落ちた的なイメージが浮かびました。

●病院の長い廊下の突き当り深夜の椅子が向かい合ってた
(山口昭・男・81歳)

普通の光景なのに、言葉にされるとなんだか怖い。昼間は人間が、「深夜」は別の何かが座っているような「椅子」。

●(もう)ペア(ではない)リング口に含みイルカの色の夢を見ました
(相良枕・女・20歳)

「口」に含むことは確認の行為だろうか。愛の有無が一つの「リング」の意味を変え、一人の人間の「夢」を変える。「夢」の「イルカ」はジャンプして「リング」をくぐるのか。

次の募集テーマは「ラジオ体操」です。私が子どもの頃は夏休みといえば公園で「ラジオ体操」をさせられたもの。今はどうなんだろう。色々な角度から自由に詠ってみてください。楽しみにしています。
また自由詠は常に募集中です。どちらも何首までって上限はありません。思いついたらどんどん送ってください。

絵=藤本将綱

ほむら・ひろし●歌人。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』など。他の著書に『にょっ記』『短歌の友人』『もしもし、運命の人ですか。』『野良猫を尊敬した日』『はじめての短歌』『短歌のガチャポン』『蛸足ノート』『迷子手帳』など。『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。デビュー歌集『シンジケート』新装版が発売中。

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