東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第19回(野尻)「現場からお伝えします。お笑いライブが増えすぎて窒息寸前です。」

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公開日:2025/9/11

東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 撮影=booro

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出・「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第19回は野尻回。

【写真】東大卒コンビ・無尽蔵が日々ライブのために足を運ぶ街、新宿にて
【写真】東大卒コンビ・無尽蔵が日々ライブのために足を運ぶ街、新宿にて 撮影=booro

第19回(野尻)「現場からお伝えします。お笑いライブが増えすぎて窒息寸前です。」

こんにちは。無尽蔵の野尻です。

早いもので本連載は今回で第19回を数えます。隔週で訪れる〆切はすっかり私の生活サイクルの一部になり、漫才の傍ら文筆業をこなす私は、次世代のインテリ芸人の名をほしいままにしていると言って差し支えないでしょう。

このコラムのみならず、最近では有名文芸誌さんからエッセイ執筆の依頼が舞い込むということもありました。文章の仕事をすると、お笑いとは別種の承認欲求が満たされます。背伸びをして東京大学に入り、文学部に進み、ほとんど勉強をせずに卒業した私が芸人になってから「東大なの!?すげー!?」と言われた時に感じるあの負い目……。自分は「ホンモノ」の東大生ではなく、頭がいい人の猿真似でその場しのぎをしてきたことは自分が痛いほど分かっているのに、内情を知らないお笑い関係者を欺いていることへの罪悪感で胸がつかえておりました。

しかし名のあるメディアに文章が掲載されて、そんなコンプレックスがみるみる解消されていくのを感じます。文字だけの本なんてロクに読んだことのない私が大手を振って文筆家ヅラをできるなんて、お笑いは全ての夢を叶えてくれるのでしょうか。

 撮影=booro


さて、皆さんは「雨後の筍(たけのこ)」ということわざを知っていますか?竹林に雨が降ると筍が次々に生えてくることから、物事が相次いで現れることをたとえた表現です。今、若手お笑いライブシーンではまさに雨後の筍のようにおびただしい数のライブ制作団体が繁茂しているのです。

各種賞レースの盛り上がりという慈雨によって新宿や下北沢という土地は一層肥沃になりました。そこに根を張らんとする数々の新興のライブ制作団体は、豊富だが際限のある観客という養分を吸い上げようと躍起になっています。彼らが無軌道に公演を打ちまくることで東京のお笑いライブの絶対数はここ数年で飛躍的に増加しました。主要なライブハウスの予約は半年先までほぼ埋まっているということがザラにあり(参考:新宿バティオスの予約カレンダーhttp://vitus.main.jp/calendarvatios.htm)、高額な劇場使用料を賄おうと主催者が一日に複数の公演を打つという定石がライブシーンに定着したため、ライブの数はさらに増えます。

ここで問題になるのは、芸人も観客も、体を一つしか持っていないということ。ライブの数が増加して多くの芸人に舞台を踏む機会が与えられたと思いきや実はそうでもなく、私のようなライブシーンで存在感はあるがメディア仕事のない中堅芸人(特に小回りがきく漫才師)の稼働量が数倍に膨れ上がっただけなのです。

常に自転車操業であるライブ制作団体は無名の芸人をキャスティングして集客ができないことを恐れるので、膨大な量のオファーが一部の中堅芸人に集中します。「仕事を選ばない」というお笑い界における古くからの美徳も手伝って、過密なスケジュールをこなそうとライブ芸人たちは一日に何箇所もライブハウスをハシゴし、ライブへの途中参加とライブからの途中退場が常態化しています。しかし各ライブで得られる報酬は交通費に毛が生えた程度のもので、あくせく働く芸人たちは完全にワーキングプア化するのです。

 撮影=booro


複数の人気ライブが裏被りをするという事態は毎日のように起こり、全てのライブが配信を行うわけでもないため、お笑いファンは何かを諦めながら何かを楽しむという無用なアンビバレンツに苦しみます。以前、ライブシーンでお笑いファンの途中退席が問題視されたことがありましたが(推しの芸人がライブをハシゴするので、それを追うためにファンもライブを途中で退席することがある)、俎上に上げられるべきは観客の倫理観よりも、限りあるお笑いブームを食い潰すようにライブを打ちまくって純粋なお笑いファンを翻弄している産業構造ではないでしょうか。

ライブ制作団体は常にお客さんを取り合っており、主催者はもはや普通の寄席公演を開催しても集客できないのでは?という疑心暗鬼に駆られます。その結果、過剰に工夫を凝らしたライブが出現し始めました。加速度的に進行していく奇のてらい合いは、お笑いの前提を高度に理解している観客しか楽しめないような、奇天烈かつ内輪っぽいコンセプトのお笑いライブを生み出しました。

『ピン芸人が普通でコンビ芸人が珍しい世界の寄席』というライブが以前あったのですが、これってもうお笑い何周してるんだよ。これから一般社会で売れなくてはいけない芸人が、こんな内輪お笑いという名の泥濘に足を取られていては、いつまで経っても飛翔できませんよと思います。とても言葉は悪いですが、テレビ局に入れなかった作家くずれが自らの夢の延命治療のために、芸人を付き合わせすぎるのは単なる我執ではないでしょうか。

もちろん私はライブが大好きです。ここで一つ、サステナブルかつ実直なライブ運営に立ち返ろうではありませんか。派手で扇情的なライブコンセプトに頼らず、もっと長い目で見ましょう。「神は細部に宿る」という言葉を信じ、当日の客席誘導、室温管理、出囃子のタイミング、転換のスムーズさなど…地味な所にきちんと気を配り、きちんと芸人に報酬を支払う。そんなライブにお客さんはきっと集まるでしょうし、そうあってほしいです。

 撮影=booro


■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出。
無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao
無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin
無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane

<第20回に続く>

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