東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第21回(野尻)「賞レースの決勝に行ったらテレビに呼んでもらえるって、アスリートじゃないんだから」
公開日:2025/9/25

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出・「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第21回は野尻回。

第21回(野尻)「賞レースの決勝に行ったらテレビに呼んでもらえるって、アスリートじゃないんだから」
こんにちは。無尽蔵の野尻です。先日、ネタ番組の収録に参加するためにテレビ局へ行ってきました。ほとんど手応えを感じないまま終わった収録は、己の実力不足を痛感させると同時に、普段生きているライブシーンとテレビとのそこはかとない隔絶を感じさせるものでした。
一昔前に比べて若手芸人のテレビへの憧れが薄れていることは盛んに論じられてきました。番組のおもちゃになって体を張るのは令和の若者の価値観に合わないだとか、テレビ以外にも活躍の場がいくらでもあるだとか、若手芸人のテレビへの白眼視はこういった理屈によって語られます。
例に漏れず、私もテレビの世界に特に照準を合わせずに活動をしています。家でテレビを見ていてたまに知り合いが映ると「うわ、◯◯さんじゃん。会ったことあるよ」と家族に自慢するのみで、そこに大きな悔しさを感じてお笑いのエネルギーに替えるということはほとんどありません。

別にテレビに興味がないわけではなく、現に家族と見ているわけですから、好きな番組はたくさんあります。ですが、芸歴4年目の若手芸人の所感としては、テレビの世界は自分たちのリアリティの範疇にあるようでない、本当によく分からない場所でしかないのです。どうやって行ったらいいかもわからないし、でもなぜかたまに行けるし、行ったら行ったで頑張り方が分からないし、ギャラはびっくりするくらい安いし、特に次の仕事に繋がるわけでもなく、あっけなく終わる。まさにテレビの世界の体験ツアーでしかなく、小学生の時にNHKのスタジオパークに遊びに行った時のような気持ちになります。
周りの若手芸人もちょくちょくテレビに出演しているらしいのですが、正直みんなあまり気にしていません。オンエアから一週間ほどの間はたまに楽屋でその話題になることもありますが、すぐに風化してしまいます。若手芸人にとってテレビはとにかくあっけないものなのです。あっけなく終わったことを悔しがることができないほど、あっけない。

テレビの世界の主役に芸人が抜擢されて何十年も経過し、そして大先輩たちが退く気配が一向にないため、もはや芸歴5年目以下の若手芸人にテレビの世界が永住権を付与する余裕はほとんどありません。芸人が増えても放送枠が増えることはないため、若手芸人はたまにもらえる観光ビザでテレビ局に向かい、インターネットに疎い祖父母にテレビに映っている元気な姿を見せて、全ては終わります。
それでも、ライブシーンから急にテレビの世界へ移住する芸人もいます。そういった方は驚くほどライブシーンから急に姿を消すため、単純に全く会うことができません。ラランドさんは大学お笑いの比較的代が近い先輩ですが、実は私は一度もお会いしたことがありません。我ながらこれは驚くべきことで、益々テレビが別世界であるという認識が強まります。
テレビというラピュタを眺めながら研鑽を詰む若手芸人の多くが注力するのは、やはり賞レースです。賞レースの長い長い階段を登って行った先に、どうやらテレビの世界の永住権を貰える窓口があるようなのですが(霜降り明星さんや令和ロマンさんはその階段を上り切った代表的なコンビでしょう)、本当にそこまでしないといけないのですか?

賞レースを優勝した芸人が、その実績を称えられて朝のニュースや長寿トーク番組に出演するというのは本当にアスリートがやっていることと同じというか、賞レースだってテレビの一部であるはずなのに、もはやスポーツの世界と同じくらいテレビの世界と少ない結節点のみを共有するにとどまってしまったのでしょうか。令和ロマンさんも霜降り明星さんも、M-1で優勝する前からすごく面白かったのですが、テレビがその時点でフックアップすることはできなかったのでしょうか。私が子供の頃は、賞レースで結果を残していないらしいけどネタがめちゃくちゃ面白い芸人さんがたくさんテレビで活躍していたはずなのですが、それはもう無理なのでしょうか。
賞レースの長い階段を上り切った先に公人の証明書が配布されることに不満があるわけではないのですが、もうその段階に到達してしまったら、自分たちのお笑いを真に理解してくれる人に対しては粗方刺さり切っているのではないでしょうか。となると、テレビを頑張る原動力は全国的な知名度への野心と仕事に真面目に取り組もうという社会性しかないのかもしれません。

■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出。
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