実写ドラマが好評配信中! 注目のBLマンガ『あなたを殺す旅』浅井西さん インタビュー
公開日:2025/9/30
海沿いを旅する極道2人の逃避行を描いた『あなたを殺す旅』(徳間書店/コルク)。乾いた抒情とむきだしの暴力、性愛、鮮烈なストーリーが絶妙に絡みあったヤクザBLの珠玉作と名高いこの作品が、今年2月に新装版となって登場。さらに、FODで実写ドラマ化され、9月26日(金)より独占配信がスタート。さらに待望の続編も刊行されたばかり!
作者の浅井西さんに、本作品が生まれた経緯やキャラクターについて、物語に込めた思い、ヤクザBLの醍醐味などをうかがった。

ヤクザの若頭・片岡は、自らの起こした騒動が収まるまで、組の方針により行方をくらますことに。旅の間、世話係を務めるのは下っ端組員の小田島だ。車の運転から食事の手配、さらには性欲処理まで担う小田島だが、実は組長の息子・桐井から、「片岡を殺せ」という密命を帯びていた。旅するうちに近しくなってゆく2人の距離。やがて小田島は片岡を殺すことにためらいを覚え、片岡もまた小田島に情を寄せるように。夏の陽光がまばゆい旅の果て、彼らがたどり着くのは安息の地か、それとも――。
――旅を通して関係を深めていく2人の姿に惹きこまれました。物語の着想はどこから得たのでしょうか?
浅井:もともとの掲載レーベルが、「ヤクザかヤンキーもの」専門でした。ヤクザとヤンキーの二択……それならヤクザ映画はわりと好きでしたので、そちらでいこう、と。ただし、きらびやかな裏社会や集団抗争は当時の自分には描ける自信がなかったので、2人のヤクザの物語としました。
――人たらしの片岡と、まじめで無口な小田島の組み合わせは実に好一対です。このカップルはどのように生まれたのでしょうか? まず初めにキャラクターから着想されましたか? それともカップルとして構想したのでしょうか。
浅井:最初に片岡を考えました。人望があり、人たらしで、ふざけていて、でも余裕があって。かつ、ちゃんと残酷で暴力的。フィクションにおける、私の理想のヤクザ要素をぜんぶ詰め込みました。その相手役には、まったく対照的なキャラクターがいいと考え、できたのが小田島です。この2人は凸凹になるようにしたかった。

――構図が非常に映画的です。第2話の最終ページや最終話の波止場など、さながらドローン撮影したかのような俯瞰のショットが、登場人物たちを見下ろす「神の目」のようで。
浅井:背景を描くのが好きなので、キャラクターだけでなく、キャラのいる風景そのものを見せたいと思いました。だから引いた構図が多くなったのかもしれません。それと、乾いた感じを出すために、(上巻では)極力トーンを使っていません。画面全体を白っぽくし、カメラを引いて撮影しているような画づくりを心がけました。ネームを描く前の粗ラフの段階から、構図はすべて決めていました。

――海辺の町を車で巡るロードムービーの趣もあります。ぎらついた陽光や、潮の香りがしてきそうな「海」の情景が旅情を添えています。
浅井:海のそばで生まれ育ったからなのか、自作の舞台にはつい海を選んでしまいます。第3話で2人が訪れる島は、私の地元がモデルなんです。自分にとって海は「帰る場所」という意識があるのかもしれません。
――海に加えて季節が夏なので、夏休みの雰囲気も漂います。大人の、ヤクザの夏休みのような。映画「ソナチネ」を連想しました。
浅井:「ソナチネ」は、私の人生のベスト映画です。北野武監督の、特に“世界のキタノ”になる前の初期作が大好きで。「アウトレイジ」なども好きなのですが、初期作に漂う渇いた焦燥感に惹かれます。終盤の片岡の台詞「アロハ似合わねえな」は、そのまま「ソナチネ」オマージュなんです。でも、誰にも気づいてもらえませんでした(笑)。
――ヤクザ映画がお好きとのことですが、他にもヒントになった映画がございましたら。
浅井:ストーリーやキャラクターが完成した後、改めていろんなヤクザ映画を観たのですが、韓国映画「新しき世界」のファン・ジョンミンは、むちゃくちゃ片岡でした! この2作はドラマ制作の皆さまにも参考作品としてお伝えしたところ、嬉しいことに監督やキャストの方々が“「ソナチネ」を観る会”を開いてくださったそうです。
――暴力シーンの緊迫感と、性愛シーンの切迫感にどきどきしました。BLでは性愛描写も重要な要素の一つですが、片岡と小田島の濡れ場を描くうえで大切にした点は?
浅井:ヤクザBLなので、主従感をしっかり出そうと考えました。片岡が主で、小田島が従。片岡は最初は、相手が小田島でなくてもよかった、抱けるのなら誰でもよかったんじゃないかと思います。面白がって絡んでいるうちに、だんだんなじんでいったのかも。一方の小田島は、片岡に想いを寄せてはいるのですが、そうした感情をあからさまに示さないよう気をつけました。それと、墨の入った肉体の絡みあいというのは、いいものですね。描きながら、華やかだなあ……と、つくづく感じました。

――キャラクターは全員みごとな刺青を背中に彫っています。それぞれの刺青が意味するものを教えていただけますか。
浅井:片岡の刺青「鳳凰」は、絶対的な王者感を表しています。小田島は右腕に「龍」のスジ彫りを入れていますが、これは親友の朝日と対のものとして。それと、やはり鳳凰より格下の生きものにするべきだろうと考えて。桐井はナルシストなので「牡丹の花」。下巻に登場する、片岡とは違う方向で絶対王者感のある花男は、胸に「般若」、背中に「髑髏」の刺青を入れています。ロックな柄ですね。
――続編となる下巻は、上巻とは雰囲気ががらりと一変していて驚きました。3年ぶりにヤクザの世界に戻ってきた片岡が、ド派手に活躍します。
浅井:上巻の心残りに、ヤクザとしての片岡の姿を見せられなかったことがありました。なので下巻では、ちゃんとヤクザをしている彼を描きたかった。上巻では匂わせる程度だった設定や情報、伏線の回収もできました。上巻がロードムービーだったのに対し、下巻はVシネマというところでしょうか。トーンをたくさん使い、構図にも変化をつけています。
――上巻の時点ですでに人格が完成されている片岡に対し、小田島は下巻では驚くほど変わっています。
浅井:下巻の執筆と並行して、ドラマ版のプロットや脚本チェックをし、撮影現場も見学させていただきました。その過程で各キャラクターへの理解度が、自分のなかで深まりましたね。とりわけ小田島にとって朝日の重要性は、ドラマ版によって改めて気づかされました。そのあたりが小田島の変化にも、そして描いている自分にも影響しているのかもしれません。

――彼の表情が豊かに、やわらかくなっているのが素敵です。
浅井:特に笑い方が変わりましたね。上巻では片岡をかばうときの笑み、下巻では終盤の船上での笑顔。そこは本当に(笑い方が)変わったと思います。上巻も下巻もこれは小田島が笑うための物語なのだと思います。小田島は救済されてほしい。
――ヤクザという特殊な「職業人」を描くうえで、どんな点を大切にされましたか。
浅井:子どもの頃から時代劇が好きなのですが、時代劇とヤクザものには通じるところがあると思います。組織の掟や個人の美学、生死を懸けた緊張感に、男同士の濃いつながり。どれも痺れます。この感じが伝われ!と願いながら描いていきました。
――これから実写ドラマを観る方たちへのメッセージと見どころをお願いします。
浅井:とても丁寧に作っていただけて感動しています。原作と同じ構図のシーンも多々あり、現場では、監督が常に単行本を手元に置いて撮影されていたのが印象的でした。主演のお二方がとてもぴったりなので、片岡と小田島のやり取りを見ているだけでも幸せになれます。最終話のラストシーンは、原作とはまた違った最高のエンディングになっていますので、ぜひ最後までご覧ください!
浅井 西(あさい・さい)
マンガ家。著作に『8年ぶりに抱かれます』『忘れる君との300日』『恋なんかするはずもない』など。

『あなたを殺す旅 上巻』
(浅井西 徳間書店Charaコミックス/コルク)814円(税込)

『あなたを殺す旅 下巻』
(浅井西 徳間書店Charaコミックス/コルク)814円(税込)
ドラマ『あなたを殺す旅』
FOD にて独占配信中!
原作:浅井 西「あなたを殺す旅」(徳間書店Charaコミックス/コルク)
出演:和田雅成/髙橋大翔/遊屋慎太郎/堀 海登/寺中敬輔/工藤俊作/小沢真珠 ほか
監督:上條大輔 脚本:高橋ナツコ 音楽:鷹尾まさき プロデューサー:片山武志(カルチュア・エンタテインメント)、鹿内植(フジテレビ)、村田亮 制作プロダクション:アンリコ
製作:「あなたを殺す旅」製作委員会(カルチュア・エンタテインメント フジテレビ)
●情に厚く侠気もあり、多くの組員から愛される若頭・片岡(和田雅成)は、とある騒動の責任を取る形で、行方をくらます旅に出ることに。そんな片岡の世話役に任命されたのは、かつて組長の付き人をしていた小田島(髙橋大翔)だった。運転や食事から性欲処理まで、便利な世話係として淡々と役目をこなしていく小田島。だが、その胸中には“裏の使命”があった――。