近年は古典的な作品に関心を寄せている村上春樹さんの意を受けて『草の竪琴』【編集者の顔が見てみたい!!】
公開日:2025/10/4
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年10月号からの転載です。
コルク代表・佐渡島庸平が気になる1冊の“裏方”に注目する連載「編集者の顔が見てみたい!!」。第4回目をご紹介します。
◎今月の編集者
新潮社 出版部 前田誠一さん

まえだ・せいいち●『週刊新潮』『芸術新潮』編集部を経て出版部所属。2014年より村上春樹の担当となり、『騎士団長殺し』『村上さんのところ』などを編集。他作品に平野啓一郎『富士山』、米澤穂信『満願』など。
村上春樹さんがカポーティの翻訳書を刊行されたのは、遡ること1988年。銅版画家・山本容子さんと組んで『おじいさんの思い出』を文藝春秋さんから出されたのが最初です。弊社からは2008年に『ティファニーで朝食を』を刊行しました。
これまで村上さんは様々な作家を翻訳されてきましたが、『騎士団長殺し』(17)の頃から、新しい作家よりも、古典の、時間を経てもなお残り続けている作品に集中されるようになってきたのです。それで、かつて大きな衝撃を受けたカポーティの、まだ訳していない作品を手掛けようということになり、『遠い声、遠い部屋』(23)に続いて今回、本書の新訳となりました。『草の竪琴』の訳稿を最初にいただいたのは2023年の5月末。おそらく『街とその不確かな壁』の執筆時期と重なっていたと思われます。村上さんの書下ろし長篇小説の場合は、私をはじめ複数の編集者がチームとなって関わりますが、翻訳の場合はシンプルに担当者ひとりと、翻訳家の柴田元幸さんのチェックで、英語の解釈の違いや間違いについて指摘する流れとなります。
ファンの中には、村上春樹の「小説」を心待ちにされている方も多いと思いますが、村上さんの場合は「翻訳」を手掛けられることが小説を書くことにもつながっていると思うのです。喩えるなら大谷翔平が打者だけでなく投手もすることで優れた選手たりえているように。小説家として創作することとは全く別の頭脳を使って、原文をその文体ごと忠実に翻訳する。それもまた小説を書くことに活かされているように思います。
カバーイラストは、山本さんが1983年にカポーティ小説からインスパイアされて描いたものです。元々はモノクロでしたが、そこへ色をつけ、構図も再構成しています。山本さん曰く「新訳にあわせて表紙の画も、昔の作品に再び息をふきまけて新しくさせました」。そう。古典を訳し直すとは、まさにそういうことなんですね。

コリン少年は母の死後、父の遠縁にあたるドリーとヴェリーナ姉妹に引き取られる。純粋な心の持ち主ドリー、頼れるメイドのキャサリンとうちとけ合い、高圧的なヴェリーナに対抗してツリー・ハウスで暮らし始める。
翻訳家としての村上春樹さんについて知りたい!
本書のあとがきで村上春樹さんはカポーティについて、自分に大きな衝撃を与えた存在と語っている。村上さんのカポーティ好きは有名だし、本作はカポーティの代表作の一つ。それだけに思い入れも深いと思うのだが、翻訳作業において編集者はどれくらい関与したのだろう。ほとんどやり取りはなかったのか、それとも密に関わったのか。イラストはどうやって選ぶ? 気になることだらけだ。ちなみに僕は『風の歌を聴け』が大好きで、大事なことを語れない人の語りという点に感銘を受けた。翻訳家としての村上春樹さんの作品選定や順番、タイミングなど、ぜひ伺いたい。
さどしま・ようへい●1979年生まれ。講談社勤務を経て、クリエイターのエージェント会社、コルクを創業。三田紀房、安野モヨコ、小山宙哉ら著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。