歌人・穂村弘が講評 『短歌ください』第210回のテーマは「宇宙人」
公開日:2025/10/8
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年10月号からの転載です。

今回のテーマは「宇宙人」です。いちばん多く出てきた単語は「扇風機」でした。
●舞う。麦が牛と夜空に運ばれて星から私も連れ出してよ
(satyuu・男・22歳)
宇宙人の円盤が攫うのは、やはり牛というイメージですね。この歌の場合は、「舞う。」に続く「麦」が一気に臨場感を高めています。
●宇宙人も宇宙船免許の更新で宇宙船事故のビデオを見てる
(八号坂唯一・42歳)
「宇宙人」も我々と似たような日常を送っている、という発想の歌は他にもあったけど、「宇宙船免許の更新で宇宙船事故のビデオ」は新鮮でした。ゴールド免許とかあるのでしょうか。

●こころないことの隕石から逃げる家に帰ればクッキーがある
(藤本玲未)
唐突な「クッキー」が面白い。ちょっとだけ「隕石」と似ているところも。
●UFOのキーホルダーを付けた鍵 リュックにポンと放り込んでみた
(たまぞう57th・57歳)
それによって、「リュック」の内部が宇宙サイズになった感覚が生じました。「キーホルダー」の「UFO」は遥かな旅をしているのだろう。

●UFOで自己紹介をさせられる 牛、牛、俺の順に並んで
(稲野・男・24歳)
「牛、牛、俺」が最高ですね。宇宙人からすると、「牛」と「俺」の間にそれほどの違いはないのだろう。
●「戦争はぼくらの星にはないからスターウォーズっていいアイデアだね」
(タカノリ・タカノ・男・34歳)
「戦争」を考えたこともない種族にとっては、「スターウォーズ」がとても新鮮な「アイデア」に見えたのか。「戦争」まみれの星の住人の胸を刺す歌。

では、次に自由題作品を御紹介しましょう。
●目の前を歩いてたひと入ってく このひとここに住んでいるのか
(猪山鉱一・男・23歳)
誰もがどこかに住んでいる。にもかかわらず、「このひと」が「ここ」に、という事実に軽い衝撃を覚えるのだ。
●風呂上がり鏡に撃ったかめはめ波もうすぐ母がわたし産んだ歳
(野口み里・40歳)
「母がわたし」を「産んだ歳」になる。その事実の重みが「かめはめ波」となって、裸の自分を「撃った」のだろう。
●生と死がオセロの角をとり合って たまたま生きているだけの今日
(たまき・女・35歳)
「生と死」は隣り合わせ。「たまたま生きているだけの今日」が明日にはひっくり返るのかもしれません。そして、百年後には私が乗っている盤は真っ黒に。
●知らない人が知らない人のファンでいることを世界の奥行きとして
(新道拓明・男・35歳)
わかります。コンビニに並ぶ商品などもほとんどのものは一度も買ったことがない。でも、私が毎日買っているものも、誰かにとってはそうなのだろう。

●スピードに単位のなかった頃がありすべて獣になぞらえられた
(山下ワードレス・男)
「はと」「かもめ」「つばめ」「はやぶさ」「かもしか」「ラビット」のような列車たちの名前にも、そんな雰囲気が残っていますね。
●この夏も見て見ぬ振りをするのだろう ブルーハワイの青すぎる青に
(ネムリカーテン・女・31歳)
「得体の知れなさによる違和感や疑問がブルーハワイにはあります」という作者のコメントがありました。確かに。特にかき氷のブルーハワイは、一人だけ異質な存在感を放っていますね。「見て見ぬ振り」に実感あり。
●ケチャップとマスタードのスタート位置が決して合わないフランクの上
(岩倉曰)
赤と黄色の「スタート位置」が必ずズレている。当たり前というべきか、それとも見えない何者かのメッセージなのか。
●好きな人の犬がまだ生きているか聞けないぐらい時が経ってる
(シラソ・女・40歳)
時計では計れない「時」がある。いや、本当は「犬」や「好きな人」や〈私〉自身が時計なんだろう。
次の募集テーマは「老人」です。ふと顔を上げると、周りは高齢者ばかりということがあります。そして自分もその一人。色々な角度から自由に詠ってみてください。楽しみにしています。
また自由詠は常に募集中です。どちらも何首までって上限はありません。思いついたらどんどん送ってください。
ほむら・ひろし●歌人。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』など。他の著書に『にょっ記』『短歌の友人』『もしもし、運命の人ですか。』『野良猫を尊敬した日』『はじめての短歌』『短歌のガチャポン』『蛸足ノート』『満月が欠けている』など。『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。デビュー歌集『シンジケート』新装版が発売中。