新築1LDKが家賃4800円!? 理由は“柴犬の地縛霊つき”――クールなJKとツンデレ柴犬霊の「ワケアリ物件ライフ」【書評】
PR 公開日:2025/10/3

新築1LDK、フロトイレ別、家賃4800円。ただし柴犬の地縛霊つき――。犬と暮らす日々を、ちょっと不思議なかたちで描くのが『シバつき物件』(大森えす/集英社)だ。
主人公の百瀬氷は女子高生。転校を機に一人暮らしをすることになり、新居を探していた。見つけたのは、家賃4800円という破格の新築物件。ただしその部屋には、柴犬の地縛霊「むう」が住み憑いていた……。心に傷を抱え、人と距離を置きがちな氷と、自由気ままでわがままなむうちゃん。最初はぎこちない二人だが、やがて信頼関係が芽生えていく。


本作の魅力は、なんといっても柴犬の地縛霊、「ジバ犬」たちの可愛さにある。舞台となるアパート「メゾンシーバ」は、かつて悪徳ブリーダーの飼育所があった場所。劣悪な環境で命を落とした柴犬たちが地縛霊となり、今も部屋から出られずにいる。彼らは幽霊なのに見えるし、触れる。そしてむうちゃんをはじめ、人の言葉を話せる子もいるのだ。飼い犬と話せるというのは、動物好きにはたまらない設定だろう。
本作を語るうえで外せないのが、氷とむうちゃんの絆だ。ホラー音痴で感情表現が苦手な氷にとって、ジバ犬むうちゃんとの共同生活はわからないことだらけ。むうちゃんのマイペースで突拍子もない行動に、戸惑うばかりの日々が続く。しかし氷は、むうちゃんを「知ろう」とするだけでなく、自分のことを「知ってもらおう」と行動するようになる。そこから、ひとりと一匹の距離は少しずつ縮まっていく。

むうちゃんと過ごすうちに、氷にも変化が訪れる。「感情が冷めている」と自称していた彼女だが、笑ったり泣いたり大声を出したりと、年相応の子どもっぽい姿を見せるようになるのだ。お互いにとってなくてはならない存在になっていく様子が、ゆっくり丁寧に描かれており、見守っているこちらの心まで柔らかくなる。
さらに、アパートにはむうちゃんだけでなく、各部屋に個性豊かなジバ犬たちが暮らしている。大人顔負けに喋る202号室の「現(うつつ)」や、「ばあば」という言葉しか喋れない100号室の「うめ」と「まつ」と「ちくわ」など、メゾンシーバはもふもふの天国。他の部屋は多頭飼いなのに、むうちゃんだけ一匹だったことを気にかけた氷は、隣人の柴井に協力してもらい、オンライン通話を導入。各部屋のジバ犬たちと交流できるようにし、その輪はアパート全体に広がっていく。他の犬たちと関わることで、むうちゃんがより感情豊かになっていくのも見どころのひとつだ。

私のお気に入りは、シベリアンハスキーの霊・キリ。氷のあとに越してきたレイジに憑く背後霊で、人間の言葉は話せない。犬語でのやり取りをむうちゃんが氷たちに翻訳する場面は、なんともほっこりする。ジバ犬たちの仕草や表情は本当に愛らしく、犬と暮らしたことのある人なら「うちの子もこんな顔していたな」と思い出してしまうだろう。
そして、ジバ犬たちは「未練」が解決すると成仏してしまう。その未練が何なのかは犬によって違うし、彼ら自身にもわからない。幽霊だからといっていつまでも一緒にいられるわけではなく、生きている犬と同じようにお別れが待っている。そのいつかが来ても後悔しないように、一緒に過ごす時間を大切にしようとする氷や住人たちの姿が、尊くてたまらない。
『シバつき物件』最新第5巻は10月3日発売。可愛さに癒されたい人も、犬のいる生活を追体験したい人も、ぜひ読んでみてほしい。きっと、ぬくもりや小さな幸せを感じられるはずだ。
文=倉本菜生
