ホウセンカの花に声をかけられた無期懲役囚の人生を懸けた大逆転とは。映画『ホウセンカ』レビュー
公開日:2025/10/25
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年11月号からの転載です。

『ホウセンカ』
監督:木下 麦 声の出演:小林 薫、戸塚純貴、満島ひかり、宮崎美子、ピエール 瀧 2025年日本 90分 配給:ポニーキャニオン 10月10日より新宿バルト9ほか全国公開●「ろくでもない一生だったな」。無期懲役囚の老人が独房で死を迎えようとしていたとき、声をかけたのは、人の言葉を操るホウセンカだった。老人は、会話のなかで自身の過去を振り返り始める……。10月10日公開
先の読めない展開や複雑に張り巡らされた伏線が話題を集めたアニメ、『オッドタクシー』。その監督×脚本家・此元和津也コンビの再タッグ作は、無期懲役の判決を受けた孤独な男の、愛と人生を懸けた大逆転劇だ。
1987年夏、海沿いの街。しがないヤクザの阿久津は兄貴分・堤の世話で、恋人の那奈とその幼い息子と、ホウセンカが庭に咲くアパートで暮らし始める。“家族”3人の、慎ましくも幸せな日々。だが、あることから事態は一変。大金を用意する必要に迫られ、阿久津は堤とともに、組の金3億円の強奪を企てる……。
生まれたてと死にかけには、声が聞こえるホウセンカ。その花はなぜ、阿久津の枕元へと辿り着いたのか。命の灯が消えつつある老囚の、最後の一手とは何なのか? 不思議な花に導かれながら現在と過去を行き来、観客は彼の半生を追体験してゆく。
「声のお芝居の生っぽさを大切にしたい」との監督の意向により、今作では“音声ありき”の録音方法、プレスコアリング=プレスコ形式を採用。70代の阿久津に魂を吹き込んだベテラン名優の小林薫はもちろん、W主演の戸塚純貴も声優初挑戦とは思えない見事な仕事ぶりだ。那奈役の宮崎美子と満島ひかり然り、没入感を途切れさせない。毒舌で皮肉屋のホウセンカ役のピエール瀧も、クセの強いキャラクターは天下一品だ。
打ち上げ花火やホウセンカの種が弾けるアニメならではの豊かな描写、手描き地図にオセロなどの小道具使い、仕かけの回収にも唸るしかない。阿久津と那奈が奏でる『Stand By Me』が、静かだけれど力強いふたりの愛をやさしく彩る珠玉作だ。
文:柴田メグミ
しばた・めぐみ●フリーランスライター。『韓国TVドラマガイド』『MYOJO』『CINEMA
SQUARE』などの雑誌のほか、映画情報サイト「シネマトゥデイ」にも寄稿。韓国料理、アジアンビューティに目がない。
