歌人・穂村弘が講評 『短歌ください』第211回のテーマは「ラジオ体操」
公開日:2025/10/30

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年11月号からの転載です。
今回のテーマは「ラジオ体操」です。みんな「第二」が気になるみたい。あとはやっぱり「スタンプ」ですよね。
●柔らかい酸のにおいの公園でラジオ体操つらつらとやる
(村川愉季・男)
「柔らかい酸のにおい」という表現にびっくり。朝の「公園」の空気が甦りました。あれはいったい何の「におい」だったんだろう。
●はじめてのラジオ体操公園のぶあつい葉っぱで鼻水ふいた
(公木正)
小学生男子感が面白い。かぶれたりしないかな。「はじめて」「葉っぱ」「鼻水」「ふいた」のハ行音の連なりもいいですね。
●窓枠にゲームボーイのカセットがあって児童館の外は雨
(髙山准)
「雨が降った日は児童館の中でラジオ体操をしていました」という作者のコメントがありました。「窓枠にゲームボーイのカセット」という描写がなんともいえない臨場感を生んでいます。その「窓」の「外は雨」。

●ハンコからひとりの夏があふれ出す 列にまぎれて朝は始まる
(岩本遥・女・26歳)
初めての場所でしょうか。「ひとりの夏」「列にまぎれて」というアウェイ感が魅力的です。
では、次に自由題作品を御紹介しましょう。
●苔むした庭で真青なビー玉をつるりと飲んだ 夏が終わった
(萩野うづら)
「夏が終わった」という感じる瞬間はいろいろ考えられるけど、この「ビー玉」は鮮烈。しかも、不思議な実感あり。
●移動する宮殿みたい ロリータを着てる女性がゆっくり歩く
(猪山鉱一・男・23歳)
「移動する宮殿みたい」が面白い。あまりよくわかっていない人間の、だからこそ生々しい感想というものがある。

●開閉可能な瞼を持ってしまったからぬいぐるみには遠い
(シラソ・女・40歳)
「ぬいぐるみ」は目を見開いたままだから本物には「遠い」、というのが一般的な感じ方だろう。それが反転した時、詩が生まれた。一首の背後には、人として生きることへの違和感があるのかも。
●「奥二重なんだね」って今さら告げてくる夫に恩赦をあげてください
(ミキコ)
「恩赦をあげてください」という距離感の怖さ。自分が許すことはもちろん、許さないことすらもしたくないのか。
●「死にたいと思ったことがある人」のフルーツバスケットでみんな立つ
(清水七海・女・25歳)
賑やかなゲームに興じる体とその中にある心のズレが可視化された瞬間。

●雨の駅二つの傘を持って待つ この日のために生きてたのかも
(浅野ミオ・女・24歳)
下句の思い込みが美しい。人生のピークは何気ないところに潜んでいるのかも。
●母親は息子が好きねこんなやつそんな立派なもんじゃないわよ
(直・女)
圧倒的な実感に撃たれました。「親戚見ても近所の人みても誰見ても思います。娘だからですかねえ」という作者コメントも含めて。
●ツイスターゲームみたいに思い出がひしめき合ってる東京路線図
(たまき・女・35歳)
「ツイスターゲームみたいに」という比喩がユニークですね。〈私〉だけに見えるカラフルな「思い出」たちの姿。

●少しでも安い卵を買いたくて雷の中スーパーはしごす
(萩香・女・24歳)
心の中に「卵」を思い浮かべながら、「雷の中」をゆく。そんな〈私〉の命が照らし出されているみたいです。
●たんぽぽと顔を寄せ合う少女らに「空を飛ぼう」と声が聞こえる
(山下ワードレス)
天の啓示めいた「空を飛ぼう」がいい。「たんぽぽ」の綿毛の「声」だろうか。
●花を見て「もこもこ」と君は言いました「も」も「こ」も「も」も「こ」も大好きでした
(吉野圭)
「大好き」という気持ちが全世界への解像度を上げてしまったのか。
次の募集テーマは「部活」です。私は中学校が卓球部、高校が天文部、大学がワンダーフォーゲル部でした。色々な角度から自由に詠ってみてください。楽しみにしています。
また自由詠は常に募集中です。どちらも何首までって上限はありません。思いついたらどんどん送ってください。
絵:藤本将綱
ほむら・ひろし●歌人。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』など。他の著書に『にょっ記』『短歌の友人』『もしもし、運命の人ですか。』『野良猫を尊敬した日』『はじめての短歌』『短歌のガチャポン』『蛸足ノート』『迷子手帳』など。『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。デビュー歌集『シンジケート』新装版が発売中。
