東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第23回(野尻)「キングオブコントのラップは、単なる内輪ノリではないか?」

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公開日:2025/10/9

東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」第23回
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」第23回 撮影=booro

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出・「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第23回は野尻回。

第23回(野尻)「キングオブコントのラップは、単なる内輪ノリではないか?」


こんにちは。無尽蔵の野尻です。このコラムが公開されるのは、キングオブコント2025の決勝戦が放送される二日前です。年を経るごとに熱気を増しているコントの頂上決戦は、その放送が準決勝の開催から1ヶ月以上の期間が空くという掟破りの焦らしによって、期待をこれでもかと増幅させます。

キングオブコントの焦らし癖は昔からのことですが(過去には決勝の放送までファイナリストが誰なのかを伏せていたこともありました)、ここ最近は1ヶ月以上かけて入念にオープニング映像の準備をしているのだろうと予想します。

ここ数年で恒例となったのが、大会のオープニング映像での梅田サイファーによるラップパートです。軽快なビートに合わせて有名ラッパーたちが各コンビを4小節のラップで紹介していき、フロウの中にはお笑いファンなら思わずムフフとなるようなコンビ固有の要素をいくつも忍ばせます。今年も梅田サイファーがオープニングを担当することが発表されており、4年連続の起用となります。

【写真】芸人界の“内輪ノリ”に疑問を投げかけ続ける無尽蔵
【写真】芸人界の“内輪ノリ”に疑問を投げかけ続ける無尽蔵 撮影=booro


このコラムを読んでいるほどのお笑いファンなら、フロウの引用元を考察する投稿とYouTubeに上がったオープニング映像を照らし合わせ、ひとりムフフとなった夜があるでしょう。あのドープな演出は、M-1グランプリとは違った新機軸の大会の盛り上げ方をキングオブコントが模索した結果として出された一つの回答であると言えます。

M-1グランプリの盛り上げ方は「運動部」型とでも言いましょうか。漫才の競技性や身体性を重視し、「人生」や「青春」にスポットライトを当て、大会への挑戦を人間ドラマへ仕立て上げるような演出がありがちです。

それに対し、キングオブコントはより「オタク」に寄った盛り上げ方によって差別化を図ったように思えます。コントとそのシーンに深い造詣があり、その制作に心血を注ぐ愛好家たちによって作られるのがキングオブコントであると言わんばかりの演出意図は、今大会のキャッチコピーである「コントを愛する者たちの頂上決戦」に顕著に現れています。

 撮影=booro


思えば梅田サイファーによるラップが始まる前年のキングオブコント2021のオープニング映像は、「ファイナリストたちが喫茶店でコーヒーを飲みながらコントの台本を作る」というものでした。漫才においては言及すらはばかられる台本の存在を堂々と主役に据えたそのオープニング映像には、どうやら映画のオマージュまで織り込まれていたそうで、コントは今日からサブカルチャーの仲間入りですと宣言するかのように、露骨に「オタク」的なアプローチをとっていました。

年配の方の中には漫才のことをコントと呼ぶ人もいますし、その逆もよくあります。それはお笑いへの造詣が浅いからではなく、かつてお笑いにおいてその境界が曖昧だったことを意味しています。

2000年代を通じてM-1グランプリとキングオブコントが勃興し、コンビ芸を「漫才」と「コント」という二つの世界に分かちました。コント55号やコント赤信号などが演じた、「コント」という語の原義である「寸劇」の特色をそのまま反映したようなアドリブありきの不定形から、演技の巧みさや構成の新規性が重視されるガチガチの作品へ数十年をかけてコントは変容しました。

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コントはもはや演芸ではなく演劇だと言わんばかりに、お調子者が喋り一本で成り上がる漫才の成功モデルは下品で時代遅れだと言わんばかりに、コントは好事家たちの風流な創作活動へ舵を切ったのでしょうか。

芸人に囲まれて日々活動をしている私の感覚では、確かにコント師たちはコントをとにかく純粋に愛していて、お互いに作品を褒め合う文化があり、平安貴族の歌会のような雰囲気を感じます(営業に向かず、道具やら衣装やら音響やら照明やらが必要で、小回りの効かないコントは漫才に比べてお金を稼ぎづらいという特性も、コント師たちの結束を強めていそうです)。

では、キングオブコントのオタク的なアプローチは、コントの盛り上がりに寄与しているのでしょうか。

かつてあった準決勝敗退者による芸人審査は、そのアプローチが良い形になった例だと思います。梅田サイファーのラップに関しまして、それ自体は素晴らしい試みだと思うのですが、引用元の細かさなどに鑑みると、ヒップホップ好きがそれをきっかけにお笑いを好きになる余地があまりなく、単に元からコントが好きなサブカル兄ちゃんたちを喜ばせているに過ぎずむしろ閉鎖的な大会にしている気がします。

 撮影=booro


昨年のオープニング映像のロングコートダディさんのフロウで、「two flags」という言葉があったのですが、これは前年の準決勝進出者インタビューでロングコートダディの兎さんが「自分達を漢字2文字で表すなら?」の問いに対して「二旗」と答えたことが元ネタらしいのですが、なんか内輪で盛り上がっちゃってる感がすごくないですか?チマチマしすぎではないですか?細かい部分をあげつらっている私も私ですが、こういうチマチマした部分を引用してムフフとなっていては、いつまで経ってもM-1に勝てないんじゃないですか?

そもそも勝つ必要がないと言われたらそれまでですが、あのラップには「こんなことしていていいのか?」という背徳感を覚えてしまうのです。

 撮影=booro


■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出。
無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao
無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin
無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane

<第24回に続く>

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