東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第24回(やまぎわ)「キングオブコントから見る決勝と準決勝以下の乖離論〜賞レースは今もお笑いを育てていますか?〜」

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公開日:2025/10/16

東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」
東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」 撮影=booro

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出・「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第24回はやまぎわ回。

第24回(やまぎわ)「キングオブコントから見る決勝と準決勝以下の乖離論〜賞レースは今もお笑いを育てていますか?〜」

お疲れ様です。無尽蔵のやまぎわです。

キングオブコント(以下KOC)、皆様ご覧になりましたでしょうか?このコラムを読むようなお笑いFreakの皆様ですから、やはり見た人が多いのでしょうか(もちろん見ていなくて悪いことなんか100%ありません)。

私もKOC2025を当日に見た人間の一人です。それはそれは様々な感情が渦巻いたものです。つまらなかったとかではもちろんありませんが、芸人仲間とのKOC談義やお笑いファンの皆様の感想を拝読するに、皆少しばかりの違和感を覚えていたのも事実のようでした。

芸人自身が賞レースそれ自体を考察することの危うさも十分理解しているのですが、賞レースムーブメントの大きな渦に巻き込まれている一当事者として、ここに素直な感想を残しておきたいと思います。私の考察の正誤は後世の審判に託します。

【写真】「M-1グランプリ2025」に2回戦から参戦する予定の無尽蔵
【写真】「M-1グランプリ2025」に2回戦から参戦する予定の無尽蔵 撮影=booro


私が一番感じたのは、「決勝だけ別ゲー過ぎるやろ」ということです。

そもそもKOCの決勝は「その年最も面白かったコント10本の戦い」という建て付けになっています。テレビ放送後に行われた打ち上げ配信でも「(決勝進出者の)皆さんは世界で10番以内に面白いんですから!」としきりに強調されていました。

では全てのコントが全国民の腹をちぎれさせるほど笑わせたかというと、実際は審査員の方が「ウケてなかった」と言及してしまう瞬間があるような事態になっているわけです。なぜ日本一・世界一を決める大会でそんな言葉が飛び出してしまうのでしょうか。

その原因を僕は「決勝」と「準決勝以下の予選」に生じている大きな乖離にあると考えます。

KOCの決勝って、例年どんどん豪華になっていますよね。表参道は「オモカド」の巨大装飾や、浅草スカイツリーのコラボカフェ等、テレビを飛び出した様々なイベントを開催しています。外へ外へ、さらに市場規模を大きくしながら「日本一面白いコント」を決める大会であるという位置付けをより確かなものにしようとしているようです。

しかしその決勝の広がりとは裏腹に、準決勝以下の盛り上がりはよりディープな方向へと深化していると思います。

準決勝や準々決勝を観劇しに行く方々は、皆「コアなお笑いファン」です。

 撮影=booro


例えばベルナルドさんがパワー系のコント師二人の組み直しコンビであることなどは、ほとんどの人が知っていたのではないでしょうか。そんな苦労をしたおじさん二人が手の込んだ小道具を使って下らないコント(もちろん褒め言葉です)を披露することは、きっと愛おしく受け入れられたはずです。

ライブハウスという閉鎖空間の中では独特のグルーヴ感が形成されます。高いお笑いリテラシーを持ったお笑い好きで構成された閉鎖空間で起きる笑いと、テレビという大衆に開かれた開放空間で起きる笑いでは全く性質が異なるのは至極当然のことでしょう。

我々コアなお笑いファンがライブシーンから送り出した10組が、大衆の耳目に広く晒される決勝の舞台で同様な評価を受けられるか、というと土台無理な話なのです。

この傾向は近年ますます強まっているように感じます。十年前はきっとお笑いファン=賞レース決勝を欠かさず見ている、程度のものだったはずです。予選の配信もなかったですし、「決勝」とお笑いファンは同じ方向を向いて、同じものを「面白い」と思い歩んできたのだと思います。

しかし通信技術が発達したことによる予選のアーカイブ配信やYouTubeの普及によって、お笑い好きは以前の数倍ものお笑いを摂取できるようになりました。お笑い好きと大衆との趣向の乖離はますます進んでいき、今日のような決勝と準決勝以下のノリの違いを生んでいると言えるでしょう。

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加えて言うなら、「日本一面白いネタを決める」という賞レースの建て付けももはや機能しなくなっているのではないでしょうか。

ここ数年でお笑いは本当に多様化したように思います。突飛なネタ、緻密なネタ、アイデア一本勝負のネタ。色んなお笑いがあることを知ったお笑いファンは、その中でそれぞれ自分が好きなものを取捨選択し嗜好しているはずです。

賞レースはその真逆のことをしています。そんな多様なネタを一つの物差しの上で測ろうと言うのです。そりゃあどんな点数が出ても誰かはしっくりこないでしょう。

令和ロマンさんのM-1優勝(1回目)あたりから感じていることですが、近年は「安心して笑わせてくれるネタ」が特に評価されているように思います。終始相対評価の賞レースの中で、唯一気楽に絶対評価で笑えるトップバッターの順位が年々上がっているのも、頷ける話なのかもしれません。

 撮影=booro


価値観が多様化することは決して悪いことではありません。あらゆる生物もそうですが、豊かな環境があって初めて多様な個体が生息することができます。賞レースの結果に違和感を抱くことは、それだけお笑いという土地が肥沃になったということもあるのです。

賞レースは今までお笑いを十分育ててくれました。ありがとうございます。あなたの存在はお笑いの土台のレベルを大きく上げてくれたと思います。

これからは、あなたが育ててくれたお笑いバイオームの中で、自分の好きなお笑いとそれが好きなお笑い好きの輪をゆっくりと広げさせていただきます(その輪を広げるためにも、もちろん引き続きエントリーさせていただきます)。

※余談にはなりますが、今年のKOCに関する話題が「あのネタが面白かった」という話より「今年のリーガルチェックはヤバい(笑)」みたいなガワの話で盛り上がっているように見えるのも、もはやネタそのものの楽しみ方には絶対的な正解が無くなったことを表象しているようです。

 撮影=booro


■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出。
無尽蔵 野尻 Xアカウント:https://x.com/nojiri_sao
無尽蔵 野尻 note:https://note.com/chin_chin
無尽蔵 やまぎわ Xアカウント:https://x.com/tsukkomi_megane

<第25回に続く>

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