東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第25回(野尻)「『インプット』して芸人は面白くなるのか? 地面師の話、もうええでしょう」
公開日:2025/10/23

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出・「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が週替わりに綴っていく。第25回は野尻回。

第25回(野尻)「『インプット』して芸人は面白くなるのか? 地面師の話、もうええでしょう」
こんにちは。無尽蔵の野尻です。
若手ライブシーンの舞台裏を赤裸々に綴り続けた『尽き無い思考』も今回で第25回。連載が決まった時は思考がそのうち尽きてしまって企画倒れになることを危惧していましたが、お笑い界という不思議の国で毎日ライブにオーディションに奔走していれば、否が応でもコラムの題材がインプットされます。ここはおかしい(可笑しい)ことだらけですから。
さて、近年この「インプット」という言葉がメディアで盛んに用いられるようになってきたように感じます。インプットは元々「入力」を意味する技術用語だったと思いますが、テレビのトーク番組などで聞いてもほとんど違和感のない日常的な語彙になったと言えます。
「コンテンツ」という言葉に数年遅れで従者のごとくやってきたインプットは、しばしば映画や音楽や書籍などの作品を鑑賞して知識を得ることを指し、物作りの文脈においてはそれを自分の創作の糧にするということまで含意します。

お笑い界においては、佐久間宣行さんがインプット時代の旗手と言えるのではないでしょうか。多忙な日々の合間を縫って、テレビやサブスクに転がる膨大なコンテンツから、優れた審美眼によってインプットを行いまくるそのライフスタイルは、スマホを無為に触って時間を溶かして勝手に自己嫌悪に陥る現代人からは、一定の賞賛と羨望を得ているでしょう。
人生の有限なリソースをいかに作品鑑賞に当てられるか、そしてそれをいかに人生の糧にするかという「インプット主義」が、創作に携わる人を超え、一般の方にも浸透しているような気がします。
お笑いのネタ作りに関しましても、インプットの重要性は頻繁に叫ばれます。ネタの構成が悪かったり、演技が下手だったりするのは、映画を見ていないからだとか、ボケの発想が貧困なのはネタ以外に造詣の深いフィールドを持っていないからだとか、そういったアドバイスをよく聞きます。それが的外れだとは思いませんが、インプットが芸人活動を豊かにする特効薬であるかのような思潮には、疑問符が浮かんでしまいます。
例えば、昨年のライブシーンで若手芸人の間で流行っていたコンテンツにNetflixで配信されているドラマ『地面師たち』があります。ライブのトークコーナーやネタの中身に至るまで、「地面師みたいだな!」というツッコミを毎日のように聞いていた覚えがあります。私も何回かそれに加担しました。

『地面師たち』を面白いと思うのは結構なことなのですが、単に流行りのコンテンツに言及して、陳腐なパロディをすることがインプットとしてしまったら、お笑いのネタというフィールドが新たに生み出せる価値が痩せ細っていくような気がします。
そもそも、劇場のお客さんは多忙な日々の合間を縫って、独自の審美眼でお笑いを「インプット」しに来ているはずなのに、そこで放蕩生活を送っている芸人が日中に見たドラマの話をされたところで、「楽しそうで何よりですね、私は分かりませんが」としか思えないでしょう。普段お客さんは学業に仕事に励んでいるのです。
実は佐久間さんも「インプットが即時的に自分を助けてくれることはなく、面白い作品に触発されて作ったものはパロディになってしまう」という旨の発言をしています。インプットは何年後かの新しい自分をじっくり醸成してくれるものだという「インプット観」を佐久間さんは持っているようですが、私は芸人がアクセスしづらい、もしくは無視している現代人の生活の些細な要素こそインプットとして優れていると考えます。
例えば無尽蔵は、コンピューターでファイルを識別するための文字列である「拡張子」に関するボケをすることがあります。このような類のボケは先輩芸人からは理解されづらく、「また頭いいこと言っちゃって」という反応を受けますが、無法者ばかりのお笑い芸人が拡張子を知らないだけで、芸人より遥かに数が多い会社員にとってそれはとても馴染み深い要素なのです。

笑わせる対象は一般の方なのですから、芸人同士でパスを回しすぎない方がいいと思います。ともすれば、賞レースの審査員でさえも実社会の常識を十分に身につけていない可能性があり、これはお笑いの題材のマンネリ化の進行を助けます。
あなたたちがこぞって題材にする「ヤクザ映画」は、極めて旧態依然としたマンネリな題材であって、実社会のリアリティから隔たっている可能性を考える必要があります。よもや「ヤクザ映画」をお笑いのネタでしか見たことがなく、実際の映画体験に即さない、何となくのイメージでネタを作っている孫引き状態なのだとしたら、事態は深刻です(その時初めて「映画のインプット」が必要になるでしょう)。
サブスクで見られる作品の数は膨大ですが、この世界の森羅万象に比べればちっぽけです。お笑いが拾い上げてこなかったコンテンツ以下の些細な事物をインプットすることが、令和を生き抜くお笑い芸人には求められるのではないでしょうか。

■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「M-1グランプリ2024」では準々決勝に進出、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出。
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