午前5時、新宿歌舞伎町の牛丼屋。真逆の時間を生きる二人が、唯一交わる15分を描いた癒し系日常マンガ『ホストと社畜』の尊い関係【書評】
公開日:2025/10/30

あなたには、特に約束をしなくても毎日会って話ができる友達がいるだろうか。仕事仲間や家族でない限り、「約束しなくても毎日のように会って話す」人がいるというのは、そう多くはないだろう。子どもの頃は公園に行けば知っている友達が何人かいたかもしれないが、いつでも簡単に連絡が取れるようになったこの時代、大人同士が「約束をしなくても会える」というのはもはや奇跡に近い。
そもそも、年齢や生活スタイルの違う人同士が話すきっかけをつくること自体が難しく、大人になればなるほど人とのつながりを保つことは難しくなる。それでも、仕事仲間にも家族にもカテゴライズされない“程よい距離”の存在がいたらいいなと思うことはないだろうか。毎日ここに行けば会えて、社会的な立場や肩書きに関係なく話ができる友達。本書を読むと、そんな関係がうらやましくてたまらなくなる。『ホストと社畜』(河尻みつる/双葉社)は、まさにその“程よい距離”が際立つ作品だ。
『ホストと社畜』は、午前5時の新宿・歌舞伎町の牛丼屋を舞台に、これから一日が始まる「社畜」と、ようやく一日が終わる「ホスト」という、真逆の時間を生きる二人が唯一交わる15分を描いた“モーニングルーティン・ストーリー”。先日発表された「次にくるマンガ大賞2025」コミックス部門で第20位にランクインし、今ますます注目を集めている。
名前も知らず、年齢も離れていて、職業もまったく違う二人。一見交わることのない「ホスト」と「社畜」が友情を深めていく様子は、ほっこりと胸を温かくしてくれる。同時に本作は、私たちの身近にもあるモヤモヤを受け入れてくれ、読後、ふっと救われたような気持ちにしてくれる作品でもある。

作中では、お互いの弱さを相手の言葉がそっとフォローするような会話が続く。だからこそ、胸がじんわりと温かくなり、「これでいいんだ」「ありのままでいいんだ」と思えるのだ。飾らずにいられる相手がいることへ感謝し、互いを思いやりながら朝ごはんを共にする――そんな関係の尊さが心にじんわりと響いてくる。

どこまでも優しいホストの蓮と、ぶっきらぼうながら素直に蓮の言葉を受け入れる社畜の直人は、お互いの“ほっこりポイント”を埋め合うように、ゆっくり親交を深めていく。そばにいることで幸せが積み上がっていく、まさに理想の関係だ。

2025年9月に発売された第3巻では、並んで朝ごはんを食べるのがすっかり日常になった「ホスト」と「社畜」の周りにいる人々の物語が増え、それぞれの過去や背景も丁寧に描かれていた。直人の元彼女やマブダチ、蓮の尊敬する先輩ホストが登場し、物語に一層深みを持たせている。
また、牛丼屋に偶然居合わせた就活生の視点から見える二人の関係も微笑ましい。お気に入りの動物の動画を見せ合ったり、見た夢の話をしたり。好きな漫画の話で盛り上がったり、料理に失敗して助けを求めたり……真逆な二人が心を通わせていく様子を見て、思わず「仲良すぎだろ!」とツッコミたくなる彼の気持ちもわかる。
3巻で印象的だったのが、二人が好きな漫画「ボクの大冒険」について議論するシーンだ。漫画のキャラクターの言動に共感する直人と、どうしてそんなことを言うんだろうと思う蓮。性格が異なるからこそ、漫画のキャラクターの言動に解釈の違いが出るのだが、そこからお互いの職場での人との接し方の話につながっていく。「そういう人もいる」と理解し、どう接するのが相手にとってちょうどよいのか、直人との会話を通して蓮が理解していくのが、すごく人間らしくて共感できる。
まったく異なる世界で生きる“近すぎない他人”だからこそ、日常のうれしかったことや悲しかったこと、ちょっとしたモヤモヤまで自然と話せるのだろう。そして、お互いの何気ない一言に救われるのは、蓮と直人だけではなく、読者にまで及んでいく。リアルな友達をつくるのが難しく、AIに話しかけてしまう人が増えている現代だからこそ、この物語は心に響く。
YouTubeの双葉社公式コミックチャンネルでは、『ホストと社畜』第1巻の1〜5話をボイスコミックとして配信中。ホスト役を花江夏樹、社畜役を八代拓という豪華声優陣が担当している。イッキ見もできるので、気になった方はまずボイスコミックで雰囲気を味わってみてほしい。明るく朗らかなホストと、気だるげな社畜の声がぴったりとはまっている。
二人の関係に憧れてしまう“癒し系日常マンガ”。読み終えたあなたは、きっと朝定が食べたくなり、「まずは行きつけの店を作ってみよう」と思うはずだ。
文=鈴木麻理奈
