必要な能力をいつでも手に入れられる!? 最強のチート少年と女神さまの冒険譚【鎌池和馬 インタビュー】
公開日:2025/11/22
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年12月号からの転載です。

人はみな、生まれ持ったスキルで勝負していくしかない。どんなに努力しても、できないものは、できない。でも……もし、必要に応じてスキルを総とっかえして取得し直すことができたなら? 本作は、そんな夢のような幸運を授けてくれる女神に愛された少年ギルベゾスの物語。
「異世界転生モノで、かつ、私がこれまで書いてきたバトル系の物語を描くことにしたとき、どうしたら“人生やり直し”感が強くなるだろうと考えたんです。それで思いついたのがスキルツリー。心の内側に存在する巨大な図面みたいなもので、経験に応じて取得したスキルを組み合わせて育てていくんですけど、ふつうは一度覚えたらなかったことにはできないし、スキルと引き換えに支払ったLAW(Lactic Acid Wisdom)と呼ばれる経験値も取り戻すことはできない。どんなに無駄だと思える時間も、私たちがなかったことにできないのと同じように。でも、主人公だけはそれができる。異世界に転生したうえ、さらにやり直しができるという設定にすることで、特別なチート感を演出できるんじゃないかと思いました」
なぜ、ギルベゾスだけが特別なのか。それは、LAWと引き換えに人々にスキルを与える女神セリフィニアが一緒にいて協力してくれるからである。ある意味、それこそがギルベゾスが生まれ持った最強のスキルと言えるのだけど、なぜ女神とともに旅をしているのか、その理由はいまだ明かされていない。前世に関係しているのかもしれないが、それも不明。ギルベゾス自身が何も覚えていないからだ。
「前世の記憶がない方が、誰でも感情移入しやすいかなと思ったんです。すでに女神との旅は始まっていて、やり直しをくりかえしている。そのコンティニュー感に、すんなり没入してほしかったんです。そのためにも、ギルベゾスには、それなりに苦労もしてほしかった。いつだって最強のスキルを手にして、目の前の敵をボコボコ倒しまくるだけだと、刺激に慣れてしまうかもと思って。やり直せるというのは、一見チートな現象ではあるけれど、見方を変えれば、試行錯誤し続けるということでもある。どんな敵も倒せる必殺技なんて存在しないからこそ、自分の経験値で得られる小さなスキルをいくつも組み合わせて困難を打破しようとする。そんな姿を書けたらいいなと思いました」
どんな知識も経験もいずれ意外なところで活きる
140センチにも満たない少年ギルベゾスが対峙するのは、国家が危機に瀕するほどの強大なドラゴンや、村を脅かすハイエルフの集団。真正面からぶつかって、太刀打ちできるはずがない。だから、知恵が必要なのだ。状況に応じて必要なスキルや頼るべき相手を、瞬時に思考しながら判断していく力が。
「これまでの主人公は高校生くらいで、特別な力がなくてもなんだかんだで敵を腕力でねじ伏せられるくらいの保険をかけていたんです。でも今作では、女神さまに導かれながら知恵を絞ることを覚えていく姿を描くためにも、特別な力がないと死んでしまうような幼さを残した人にしよう、と決めました。そんな彼が、際限なく甘やかしてくれる女神さまに意地をはり、自分でどうにかしようともがく姿にも、成長を感じられるのではないかな、と。最初は、女神さまに提示されるまま、必要なスキルを与えられていたギルベゾスが、だんだんと、自分からスキルを選択できるようになっていく。生きのびるための力を育てていく過程も、描けたらいいなあと」
それがまさに、現実を生きる私たちに重なる部分である。どんなスキルを手にしていても、活かせなければ意味がない。磨かなければ、無用の長物。特別な何者かになれなくても、できることを尽くして、誰にもまねできない“自分”になっていかなくてはいけないのだと、戦うギルベゾスに共感させられる。
「知識や経験というのは不思議なもので、そのときは無駄に思えても、未来で意外と役立つことがある。たとえば私が小説のネタを思いつけないときも、日頃からストックしていたアイデアを引っ張り出して、どうにか組み合わせることで、スランプを抜け出すこともあるので。展開に緩急をつけるために、キャラクターたちがまったりするシーンを書かなくてはいけないとき、いつか読んだ手抜き料理の知識が活かせたりとか。そもそもラノベ自体、読めば必ず役に立つとは言いきれないんですけど、コスパやタイパを重視してすべての隙間を“意味のあるもの”で埋めていった結果、心に余裕がなくなっていくことってたくさんあると思うので、失敗しながらも試行錯誤を重ねて、すべての経験を価値あるものに変えていくギルベゾスの姿に、何か少し、小さな余裕を感じてもらえたらいいなと思います」
世の中の正しさを疑いながらまっすぐに人を信じていく
そんなギルベゾスが、最終的に向き合わなければいけない敵が、ブレイブライアーと呼ばれる男。かつては正義の象徴であったはずなのに、道を踏み外し、人類の敵と化してしまった元勇者。
「スキルツリーを育てている真っ最中のギルベゾスに対して、最初から最強の存在として完成されている、もう一人のチートキャラクターを登場させたかったんです。そもそも勇者って、戦うことを前提に生きている人だから、味方であるうちは頼もしいけど、万が一敵になってしまったら……。刃を向けられた瞬間、世界は滅びてしまうんじゃないかとも思っていたんです。いちばん怖いのは魔王じゃなくて勇者なのだと」
ブレイブライアーを必ず止めてくれ。ある人に命がけで頼まれたギルベゾスは、そのために必要なスキルを身につける旅に出る。そして、その道中で思い知るのだ。世の中で正しいとされているものが善とは限らない。さまざまな欺瞞や嘘によって、真に守るべき相手を見過ごしていることもあるのだと。
「ギルベゾスのように、一度交わした約束を守り抜こうとする人にとって、大事なのは“誰と約束を結ぶか”だと思うんです。うっかり甘言にのせられて、誰かを虐げる所業に加担しないためにも、自分の頭で考えて、選んで、信用できる相手を見極める力も身につけなくてはいけない。それは、スキルツリーに反映される物理的な能力ではなく、生きるための知恵ですよね。世の中であたりまえとされていることも、提示されている情報も、頭ごなしに信用せず、まずは自分で調べたほうがいい。そのうえで、信じるべき相手を信じようとするまっすぐな心を失わずにいたい……。この小説で私が書こうとしていることは、とてもシンプルなんです。でも、現実で口にするのがためらわれるほど純真な理想を、声を大にして叫ぶことができるのがラノベの魅力なんだと思います」
女神とともに世界を生き抜く、ギルベゾスの冒険はまだまだ続く。
「いちばん書きたかったのはやっぱり、底抜けに自分を溺愛してくる女神さまに翻弄されながらも甘えたり甘えなかったりするギルベゾスの姿。二人のやりとりを読んで、何かテーマを感じるわけでも、意味のある何かが得られるわけでもないかもしれないけど、ただ楽しくて面白いってこともまたきっと、いずれ何かの糧になるんじゃないかと思います。ちらっと登場したキャラクターたちを通じて、ギルベゾスの適性とはまた違うスキルが世界に存在していることも示しているので、できれば2巻以降も、のびのびとこの世界観をふくらませていきたいです」
取材・文:立花もも 写真:首藤幹夫
かまち・かずま●電撃ゲーム小説大賞に応募した『シュレディンガーの街』が編集者の目に留まり、『とある魔術の禁書目録』で作家デビュー。同作はアニメ化されたほか、さまざまにメディアミックスされ、シリーズ累計3100万部を突破。とにかく筆がはやく、28カ゚月連続刊行した記録を持つ。著書に『ヘヴィーオブジェクト』など多数。

『スキルツリーの女神さまと始める! お手軽リスキリング』
(鎌池和馬/りいちゅ/アース・スター エンターテイメント)1430円(税込)
一度会得したら決して変更できない、経験値も取り戻せないスキルで人々が日々を生き抜く世界、のはずが、スキルの女神セリフィニアに愛された少年ギルベゾスは、いつでもスキルを再構築可能。スキルの組み合わせに知恵を絞って、最強の敵ブレイブライアーを倒すべく旅を続けるが……。アース・スターノベル創刊10周年を記念し刊行される4作品のうちの一作。

【11月刊】
スキルツリーの女神さまと始める! お手軽リスキリング
(著:鎌池和馬 イラスト:りいちゅ)
死亡フラグの超越者:俺 ハーレムルートはヒロイン全員が死ぬので俺は貞操
を死守する
(著:駱駝 イラスト:紅緒)
【12月刊】
セイクリッドサイン 帰還勇者と転生少女
(著:佐島勤 イラスト:一色)
幼女信長とシスター光秀 異世界でも邪教団を炎上させる
(著:春日みかげ イラスト:あさなや)
