歌人・穂村弘が講評 『短歌ください』第212回のテーマは「老人」

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2025/11/26

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年12月号からの転載です。

今回のテーマは「老人」です。おじいさんの歌が多かったです。「老人」という言葉からは男性が連想されがちなのか。

●じいちゃんの苦労話は尽きなくて狐にだってばかされたと言う
(木野蒼子)

「苦労話」の中に「狐にだってばかされた」が入ってくるところがいい。長く生きてるんだろうなあ。

●シャツを噛みお腹全開お爺さん自転車乗って橋を爆走
(片見朔・女・28歳)

暑かったんでしょうね。ボタンを外して「お腹全開」とかならまだわかるけど、「シャツを噛み」は凄い。それならTシャツとかでもいける。怖いものがなくなった人間の迫力を感じました。

●一個だけゴツゴツしてるビート板のことをおじいちゃんって呼んでた
(森岡さや・女・46歳)

そういうことってありますね。「ビート板」ってところに想像では書けないリアリティを感じます。

●おもむろに空に向かって手を伸ばすじぃちゃんは元イルカトレーナー
(時裕美子・女・31歳)

ただ「手を伸ばす」だけでも何かが違いそう。「空」に幻の「イルカ」の姿が見えたかも。

●母親がシャワーを持って出てきたの私はそれがとてもおそろしく
(いとうバイオーム・男・24歳)

浴室から「出てきた」のでしょうか。「私はそれがとてもおそろしく」という云いさしに実感あり。身近な人の想像を超えた言動は怖ろしい。私も昔、母親に「今は昼かい? 夜かい?」と聞かれて衝撃を受けたことがあります。

では、次に自由題作品を御紹介しましょう。

●ガリバーは寝不足だった ふらついて兵士を一人踏んでしまった
(猪山鉱一・男・23歳)

踏もうとして「踏んだ」わけではない。人間が蟻などを踏む時もそうですよね。

●割れせんの袋の中に割れてない煎餅あって割って食う父
(遊鳥泰隆・男・30歳)

何度も読み返しているうちに、よくわからなくなってくる面白さ。「割れせんに割れてない煎餅が混入していた」とクレームをつける人などもいるのでしょうか。

●おたよりのテーマは青春だそうだラジオから海に似たノイズだ
(シラソ・女・40歳)

「だそうだ」「ノイズだ」という表現に、「青春」への思いの複雑さが滲んでいるようです。

●引っ越しの時なぞなぞの本くれた 消しゴムでぜんぶ答えを消して
(りっとうゆき)

子どもの頃の出来事でしょうか。新品よりもわざわざ「消しゴムでぜんぶ答えを消して」くれた「本」のほうが宝物感がありますね。

●一回もチャリを漕がずに帰れたらこの街はやはり傾いている
(くりはらさとみ・女・54歳)

「この街はやはり傾いている」という捉え方がユニーク。普通は坂になっているなどと感じるところだろう。

●満月の下を歩いた踏み切りの向こうに肉のハナマサがある
(村川愉季・男)

「満月」「踏み切り」「肉のハナマサ」の組み合わせに奇妙な怖さを感じました。意識下で「踏み切り」事故を連想するからでしょうか。

●友達の猫がぬんわり胸のうえ通過していく真夜中の雨
(古橋紗弓・女・39歳)

「小学生の頃、友達の家に泊まった時の思い出です」という作者のコメントがありました。「ぬんわり」がいいですね。視覚優位の昼とは逆に、触覚、聴覚、嗅覚で感じる「真夜中」の気配。

●全滅をするんだろうな館内の魚と人が入れ替わったら
(富尾大地・男・33歳)

水族館の歌だろう。「魚」は床でぴちぴち跳ねて、「人」は水中でもがいて、死ぬことになりますね。結果は自明なんだけど、「入れ替わったら」という発想に驚きながら惹かれました。死への距離は時間だけでは計れない。

●ひとしきり真夏の中を歩きゆく山椒はまだ好きになれない
(田本悠馬・男・30歳)

「いつか好きになると思っています」との作者コメントあり。唐突な「山椒」が面白い。「山椒」が「山椒」以上の何かに見えてきます。

次の募集テーマは「地図」です。先日、「グーグルマップを使ったことがない」と云ったら「どうやってここまで来たんですか」と驚かれました。色々な角度から自由に詠ってみてください。楽しみにしています。

また自由詠は常に募集中です。どちらも何首までって上限はありません。思いついたらどんどん送ってください。

絵:藤本将綱

ほむら・ひろし●歌人。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』など。他の著書に『にょっ記』『短歌の友人』『もしもし、運命の人ですか。』『野良猫を尊敬した日』『はじめての短歌』『短歌のガチャポン』『蛸足ノート』『満月が欠けている』など。『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。デビュー歌集『シンジケート』新装版が発売中。

<第6回に続く>

あわせて読みたい