戦後80年――史実に基づく戦火の友情物語がアニメ化 映画『ペリリュー ─楽園のゲルニカ─』が12月5日に公開
公開日:2025/12/8
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年1月号からの転載です。

かつて南方の美しい島・ペリリュー島で、日米両軍の激戦が繰り広げられた――。兵士たちの戦い、戦地で繰り広げられる人間模様を描いた武田一義さんのマンガ『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』が、劇場アニメに。原作と映画、それぞれが宿す魅力とは。『cocoon』などで“戦争”を描いたマンガ家・今日マチ子さんのインタビューも!
実際に起きた激戦に基づく極限状況での人間ドラマ
太平洋戦争末期の昭和19年、パラオ南西部ペリリュー島に日本軍がいた。米軍との圧倒的な兵力差に苦しみながらも、玉砕を禁じられ、持久戦を強いられることになった兵士たち。1万人のうち、生き残ったのはわずか34人だった――。

武田一義さんのマンガ『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』(以下、『ペリリュー』)は、こうした史実に基づきつつも、フィクションとして丁寧に織り上げられた物語だ。登場するのは、心優しい主人公・田丸をはじめ、ごく普通の若者たち。そんな彼らが銃撃にさらされ、飢えや病に苦しみながら極限状況下を生き抜くさまを、全11巻+外伝4巻で描いている。狂気渦巻く戦場を舞台にしているが、主軸となるのはあくまでも人間ドラマ。キャラクターの筆致も愛らしく、戦争ものが苦手な人をも惹きつける作品だ。

第46回日本漫画家協会賞優秀賞も受賞したこの名作が、アニメ映画化されることに。武田さん自身も脚本制作に加わり、単なるマンガのダイジェストではない、映画ならではの構成になっている。板垣李光人さん、中村倫也さんをボイスキャストに迎え、再構築された戦火の友情物語を、ぜひ映画館で見届けてほしい。
取材・文:野本由起
©武田一義/白泉社
©武田一義・白泉社/2025「ペリリュー ―楽園のゲルニカ―」製作委員会
映画
『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』
12月5日(金)全国公開
原作:武田一義『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』(白泉社ヤングアニマルC)
監督:久慈悟郎
脚本:西村ジュンジ、武田一義
出演:板垣李光人、中村倫也ほか
制作:シンエイ動画×冨嶽
配給:東映
田丸 均(CV:板垣李光人)
マンガ家志望の心優しい兵士。おとなしくておっとりとした、争いとは無縁の性格。仲間の最期を美談に仕立てて書き記す「功績係」に任命される。
吉敷佳助(CV:中村倫也)
勇猛で頼れる兵士。田丸の同期だが、優秀さを買われて上等兵に。ともに励まし合い、死線を越える中で、かけがえのない親友になっていく。
原作

『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』(全11巻)
武田一義:著
平塚柾緒(太平洋戦争研究会):原案協力
森 和美:共同制作
白泉社ヤングアニマルC 各880円(税込)

『ペリリュー ―外伝―』(全4巻)
武田一義:著
平塚柾緒(太平洋戦争研究会):原案協力
森 和美:共同制作
白泉社ヤングアニマルC 各880円(税込)
マンガで描き出す 激戦「ペリリュー島の戦い」
1 死と隣り合わせの中、結ばれる友情
絶え間ない砲撃、仲間や敵兵の無惨な死、飢えや渇き、本部玉砕を知らぬまま続く終わりなき戦い。『ペリリュー』は、かわいらしい絵柄でありながら、地獄のような戦場をつぶさに描き切った作品だ。隣にいた戦友が一瞬で命を落とす中、田丸は同期の吉敷と友情を育んでいく。時には互いの生い立ちについて話したり、絵が得意な田丸が吉敷のボロボロになった家族写真を模写したり。絶望に満ちた状況だからこそ、ふたりの絆がまぶしく映る。

2 一人ひとりの内面を掘り下げた心理描写
ペリリュー島に渡ったのは、生い立ちも価値観も違う兵士たち。躊躇なく敵兵に向かっていく者、賢く立ち回る者、上官に献身的に尽くす者……。さまざまな人物の思いが交錯し、見ごたえのある群像劇を作り上げている。極限状況だからこそ浮かび上がる人間性、そんな彼らが織り成す関係性が、ヒューマンドラマとしての魅力を高めている。


今日マチ子が読み解く『ペリリュー ―楽園のゲルニカ―』
「“戦争もの”の枠を超え、マンガとして面白い」
私も戦争を扱ったマンガを描いてはいますが、実を言うと戦争ものを好んで読むほうではないんです。だいぶ昔の表現で描かれた作品もあり、世界観に入り込んで読むのが難しくて。ですが、『ペリリュー』は絵柄がかわいらしく、キャラクター一人ひとりに焦点が当てられているので、ぐいぐい引き込まれました。“戦争もの”の枠を超えて、マンガとしての完成度が素晴らしい。構成やキャラクター描写などの技術が高く、シンプルに面白いマンガに仕上がっているんです。史実を踏まえながらも学習マンガや実録マンガ、主義主張を伝えるようなマンガに終わらず、フィクションとしての面白さを練り上げた稀有な作品だと思います。
そもそも主人公は、戦争に興味はないけれど、巻き込まれてしまった人。その境遇に自分を重ねて読みましたし、だからこそ戦況が悪化するにつれて故郷のお母さんを思う描写が減り、ただ生きることに必死になっていくのがつらかった。しかも本部が玉砕してからも無意味な戦いを強いられ、仲間が次々死んでいくのが虚しくて。彼らは、自分たちが軽んじられていることと戦っているようにも感じられました。愛らしい筆致ながら、戦争の悲惨さ、残酷さからは目を背けずに描いている点にも感銘を受けました。
組織と個人の二律背反について描いているのも、興味深かったですね。田丸君たちは軍に属していますが、個人で状況を判断すべきか、組織を信じ続けるべきか、わからない状況に置かれるのも怖くて。私は戦争における一般市民を描いてきたので、「そうか、こういうテーマもあるのか」という発見がありました。
どの登場人物も魅力的なので、これから『ペリリュー』を読む方には“推し”をつくることをおすすめします。ただ、どんどん亡くなっていくので、覚悟は必要ですが……。私が好きなのは、立ち回りがうまい小杉さん。私は田丸君のような真面目タイプなので、しっかり自分で考え、状況に適応できる人にあこがれますね。原作は11巻あるので、映画ではどう切り取り、どのキャラクターが描かれるのか楽しみです。
きょう・まちこ●東京都生まれ。2008年、『センネン画報』で単行本デビュー。著書に『cocoon』『アノネ、』『みつあみの神様』『おりずる』など。14年、手塚治虫文化賞新生賞受賞。

今日さんの最新刊

『増補版 いちご戦争』
(今日マチ子/河出書房新社)1980円(税込)
少女が夢見た戦争は、恐怖とお菓子の匂いがした。第44回日本漫画家協会賞(カーツーン部門)大賞受賞作が、カラーページを増補し復活!
COMMENT
「刊行当時とは戦争を取り巻く状況が変わったことを踏まえ、あとがきを追記しました。新たにデジタルで描いたイラストも追加しています」
