“普通の若者”が戦場に行かねばならなかった時代の話。武田一義×板垣李光人【映画『ペリリュー』対談インタビュー】

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2025/12/10

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年1月号からの転載です。

 田丸役を演じるのは、映画『かがみの孤城』に続いて2度目の声優挑戦となる板垣李光人さん。原作者の武田一義さんとともに、原作と映画それぞれの見どころ、ペリリュー島を訪れて感じたことを語り合っていただいた。

武田 田丸役を板垣さんにお引き受けいただいて、とてもうれしいです。映画のプロデューサーからいただいたキャスト候補のリストに板垣さんのお名前があったので、YouTubeを拝見したんですね。演技をしていない素の声を聴き、「この人しかいない!」と出演を熱望しました。

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板垣 ありがとうございます。

武田 板垣さんの声はどこかぽわぽわしていて、聴いていると穏やかで温かい気持ちになるんですよね。それが、読者を和ませる存在である田丸のイメージと一致したんです。

板垣 今年は戦後80年の節目の年ですよね。戦争を知らない世代の僕が、役者としてできることのひとつが、この作品に関わること。参加できるだけでも光栄ですし、田丸っぽいと言っていただけるのもうれしいです。

――板垣さんが、原作マンガを読んだ感想は?

板垣 このマンガを読むまで、ペリリュー島の戦いについて知らなかったんです。キャラクターは三頭身でゆるっとしてますけど、読み進めていくと本当に壮絶な戦いで、自分が知らなかった歴史をまざまざと見せつけられました。田丸を演じた時に印象的だったのは、冒頭で同じ部隊の小山君が亡くなるところ。さっきまで冗談を言い合っていた仲間があっさりいなくなってしまうのを見て、戦争とはどんなものなのか思い知らされました。

武田 しかも、田丸は「功績係」として、亡くなった戦友の最期を勇ましい死に方に脚色して遺族に手紙を送るんです。実際に戦時下ではこうしたことが行われていたと知ったとき、僕の心の中には驚きと納得の両方がありました。戦争当事者ではない僕は、資料や証言をもとにこの物語を描くしかありません。ただ、資料の背景、実際の内情にまで目を向けなければ誠実な作品にはなりませんよね。僕が資料をどう見ているのか、作品のスタンスを読者に知ってほしくて、この場面から物語を始めることにしました。

“親父みたいに立派に死にたい“と語っていた仲間の小山が、警報に驚いて転倒死。戦場での無情な死、功績係としての田丸の思いが冒頭で示される。
“親父みたいに立派に死にたい“と語っていた仲間の小山が、警報に驚いて転倒死。戦場での無情な死、功績係としての田丸の思いが冒頭で示される。

“普通の若者”が戦場に行かねばならなかった時代

――そもそも武田さんは、なぜ戦争を描こうと思ったのでしょうか。

武田 当時の担当編集者から、戦争をテーマにした読み切りマンガをオファーされたのがきっかけです。そのムック本の監修を務めたのが、ペリリュー島からの生還者に取材を重ねてきた戦史研究家の平塚柾緒さん。お話を聞いて、当時の兵士も今の時代を生きている自分たちと変わらない普通の若者だったと知り、ぜひ描いてみたいと思いました。

板垣 今では想像できませんけど、当時は普通の人が戦争に行かなければならない状況だったんですよね。時代とともに価値観は目まぐるしく変わるので、「そんなの考えられない」という今の常識もすごく脆いものなんだろうなと感じました。

武田 板垣さんは、収録前にペリリュー島にも行かれたそうですね。

板垣 はい。壕の入り口の岩は火炎放射器で焼かれて黒くなっていましたし、中には瓶の破片もあって。当時の兵士たちはここで耐え忍んでいたんだなと感じられる痕跡が、今でもたくさん残っていました。「かつてここで戦争があった」という地を自分の足で踏みしめ、気温、虫の声や波の音、地面の状態などを体全体で感じたのはすごく大きかったです。

武田 僕は現地を訪れたことで、キャラクターの描写が変わったんです。板垣さんは、アフレコになにか影響を及ぼしましたか?

板垣 ドラマや映画では、ロケーションがあり、衣装とヘアメイクを整えて芝居に入ります。ですが、アニメの収録現場は素の状態でブースに入り、完成前の映像を観ながら声をあてます。それでも、現地を訪れていたのでイメージを膨らませやすかったですね。

戦争について意識するきっかけになればいい

――映画では、西村ジュンジさんとともに武田さんも脚本を手掛けています。全11巻の原作を、どうやって約2時間の映画に再構築したのでしょう。

武田 西村さんから「田丸視点に絞ろう」とご提案をいただきました。つまり田丸が知らないこと、経験していないことは映画の中で提示しないことにしたんです。

板垣 映画って、お客さんがいかにスクリーンに没入できるかが重要ですよね。田丸主観にすれば、お客さんが没入する対象が1人に絞られます。「なるほど!」と思いました。

武田 いいアイデアですよね。『ペリリュー』の骨格を成すのは、「生きて日本に帰りたい」と願う田丸と吉敷のエピソード。そこにも焦点が当たりました。

板垣 田丸と吉敷の関係性も素敵ですよね。お互いを思いやり、尊敬し合っていて。吉敷役の中村倫也さんも、頼れる方でした。声の仕事に不慣れな僕をサポートしてくださり、監督と一緒に僕がやりやすい環境を整えてくださって。声もイメージぴったりですし、シンプルにかっこいいですよね。

武田 本当にイメージどおりでした。吉敷は誰から見ても頼れるいいヤツですが、田丸は必ずしもそうではありません。でも、そんな吉敷が田丸とずっと一緒にいるのは、心地いいからなんです。吉敷は自分の攻撃的な部分をマシマシにして戦場に来たけれど、本来は素朴で繊細。だからこそ、田丸と一緒にいると落ち着くんでしょうね。そんな田丸と吉敷の対極に位置するのが島田です。彼は生粋の軍人で、勝つためなら死も厭いません。この3人を重点的に描きつつ、2時間に収まるよう苦渋の思いでエピソードを削っていきました。

板垣 逆に言うと、エピソードが絞られているからこそ、映画で初めて『ペリリュー』に触れる方も「このキャラクターのこと、もっと知りたい」と思えるんですよね。自然と原作も読みたくなると思います。

武田 ありがとうございます(笑)。

武田さんが取材した戦争体験者は、戦争の悲惨さを語りながらも、誰ひとり戦友を悪く言う人はいなかったそう。こうした戦友同士の特別な絆を、田丸と吉敷に重ねて描いた。
武田さんが取材した戦争体験者は、戦争の悲惨さを語りながらも、誰ひとり戦友を悪く言う人はいなかったそう。こうした戦友同士の特別な絆を、田丸と吉敷に重ねて描いた。

――最後に、戦後80年を迎えた年にこの作品がアニメ映画化される意義について、おふたりの考えを聞かせてください。

板垣 僕が学生の頃は、戦争は教科書や『火垂るの墓』のようなフィクションで目にするものでした。ですがここ数年、戦争との距離が近づいた気がします。フィクションとして捉えていたことが、ノンフィクションになりつつある。そんな中で自分にできることといえば、役者として表現したものを届けること。少しでも多くの方にペリリュー島の戦いのこと、約80年前にこうした戦いがいろんな場所で起きていたことを知ってほしいです。戦争について考えてほしいとは言わないまでも、意識するきっかけになればと思います。

武田 板垣さんがおっしゃるように、僕も押しつける気持ちはなくて。誰しも、一番大事なのは自分や身近な人たちの人生。戦争も重大ですが、どうしても優先順位は低くなります。そんな中、『ペリリュー』では、悲惨な戦争をできる限り見やすくし、娯楽作品に仕立てました。「えい!」と一歩踏み出して観に来ていただけたら、その勇気に応えるだけのものは作品に込めたつもりです。

取材・文:野本由起 写真:干川 修
ヘアメイク:KATO(TRON) スタイリング:稲垣友斗(CEKAI)
提供:東映株式会社

たけだ・かずよし●1975年、北海道生まれ。2012年より、精巣腫瘍の治療体験をつづった『さよならタマちゃん』を連載し話題に。16年より『ペリリュー―楽園のゲルニカ―』を連載し、今年外伝が完結。

いたがき・りひと●2002年生まれ。25年、日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。近年の出演作に、映画『ブルーピリオド』『ミーツ・ザ・ワールド』、NHK連続テレビ小説『ばけばけ』など。映画『口に関するアンケート』が2026年公開予定。