湊かなえ『人間標本』がドラマ化。「グロテスクな要素も美しく見せる湊作品の世界観は乱歩作品に通じている」【市川染五郎さんインタビュー】
公開日:2025/12/15
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年1月号からの転載です。

これまで主に歌舞伎の世界で活躍してきた市川染五郎さんにとって、本作が現代劇ドラマ初出演だ。
「江戸川乱歩が昔から大好きなんです。初めて『人間標本』を読ませていただいた時、グロテスクな要素も美しく見せてしまう湊先生の世界観は乱歩に通じるところがあると感じました。その世界観が実写化されて、自分もその中に入れることはとても嬉しくて。ただ、撮影期間中、精神を保っていられるだろうかという不安もありました」
そんな不安に駆られてしまうほど、今回演じた役には過酷な運命が待ち受けていたのだ。蝶の研究者である榊史朗(西島秀俊)が、絵画合宿に集まった6人の少年たちを殺害したうえで死体に加工を施し、さまざまな蝶に見立てた「人間標本」を作製した。しかもそのうちの一体は、実の息子だった――。染五郎さんが演じたのは、息子の至だ。
「お父さんと普通の親子として過ごしている場面や、同世代の仲間たちと一緒に過ごしている場面では、とにかく楽しそうに明るくいよう、と意識しました。そういった場面が際立つほど、その他の刺激的な場面が生きてくると思ったんです」
「歌舞伎も現代劇も、“自分ではない人物になる”ということは一緒なので、役を作っていくというプロセスに変わりはなかった」と続ける。
「至も蝶が好きというイメージからきているのかもしれませんけれども、日常的に人間を観察することが好きな人物なんじゃないかなと感じました。まっすぐで子どもっぽいところもありつつ、一歩引いたところから周りを観察している。だから、合宿にやって来る同世代の少年たちに比べるとちょっと大人びている。頭の中に大きな世界を持っているというところが、芝居を通して見えたらいいなと思っていました」
ドラマでは、俳優たちの全身を型どりして作製された6体の「人間標本」が登場する。その背景を思えば、目を背けたくなるものであるはずなのに……じっと見つめてしまう。
「山奥に標本が6体並んでいる光景を撮影した日は、“湊先生の原作の世界に自分は今いるんだ”という感覚が一番強かったです。異様な光景でしたし怖くもあったんですが、どこか美しさも感じたんです」
美と狂気の境界線がグラッと揺さぶられる感覚は、ドラマが原作から忠実に受け継いだ大事な要素。本作は、アートに携わる人々の心情がテーマの一つでもあるのだ。
「歌舞伎をやっているというと、芸術と向き合っていると思われるかもしれないんですが、歌舞伎俳優は芸術家というよりも、どちらかというと職人っぽい職業だと思います。芸術に命を懸けて向き合っている方がこのドラマを観たらどう感じるのかは、とても気になりますね。感想を伺ってみたいです。この作品の本質的な部分が知れるんじゃないかなと思うんです」
ストーリー展開はサスペンスかつミステリー、極上のエンターテインメントでありながら、このドラマ自体がアートでもある。そんな特別な作品に出演できた喜びを、今まさに噛み締めているところだという。
「完成された作品を断片的に拝見することができたんですが、スタッフの皆さんの大変さや魂を込めている様子を現場で見ていたので、グッときました。この作品に関わることができて本当によかった。自分の役者としての将来像にも、大きく影響する経験だったと思っています」
取材・文:吉田大助 写真:上原朋也
ヘアメイク:桂川あずさ スタイリング:中西ナオ
衣装協力:ジャケット9万3500円、パンツ6万500円 (ともにmeagratia/TEENY RANCH)(各税込)、その他スタイリスト私物

いちかわ・そめごろう●2005年、東京都生まれ。十代目松本幸四郎の長男。 祖父は二代目松本白鸚。07年6月、歌舞伎座「侠客春雨傘」で初お目見え。18年1月、八代目市川染五郎を襲名。映画やドラマ、シェイクスピア劇の舞台など活動の場を広げている。
