朝ドラで話題の“小泉八雲”の怪談がAIアニメに。「AIでホラーを制作すると、得体のしれないものが生まれる」【FROGMANインタビュー】

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PR 公開日:2025/12/18

 2025年度後期の朝ドラ(連続テレビ小説)の「ばけばけ」でも話題の島根ゆかりの作家・小泉八雲の怪談作品を原作としたAIショートアニメーション番組『小泉八雲のKWAIDANの世界』が2025年10月2日(木)より地上波で放送を開始した。現在、「TVer」での見逃し配信や「U-NEXT」でも視聴することができる。

 この作品は、同一のシナリオを一般的な2Dアニメ調で制作した「アニメルック版」とAIによるフォトリアルな表現で怪談の恐怖感を強調した「実写ルック版」があり、視聴者は二つの異なる映像美で小泉八雲の幻想的な世界観を楽しむことができる。

 これまでにない革新的な取り組みで制作された『小泉八雲のKWAIDANの世界』。本作を手掛けた監督のFROGMANさんに、作品や小泉八雲に込めた思いを伺った。

AIで、ホラー・怪談を制作することで、得体のしれないものが生まれる

――FROGMANさんといえば、やはり脚本・監督をつとめられた『秘密結社 鷹の爪』。コメディのイメージが強かったので、『小泉八雲のKWAIDANの世界』で本格的な怪談にチャレンジされていることに驚きました。

FROGMAN:弊社(株式会社ディー・エル・イー)でOBETA AI STUDIO(生成AIによる映像スタジオ)をたちあげたときから、AIと親和性の高いジャンルはなんだろうってことをずっと考えていたんですよね。もちろんコメディでもいいんだけれど、AIで画像・映像をつくると、どれだけこだわりをもってリアルさを追求しても、むしろ追求すればするほど、魂のないものが仕上がってくるなという印象がありました。「あたたかみのある笑顔」をめざせばめざすほど、作り物っぽくなっていくし、セクシャルな絵にもまったく心を動かされない、というスタッフもいました。

――色気、みたいなものも、乗らないわけですね。

FROGMAN:そうなんです。いわゆる「不気味の谷」を越えられない何かがそこにはある。それはAIのよさでもあるんじゃないかと思いました。たとえば生身の役者をどれほど不気味に演出しても、演技に凄みがあったとしても、本来の人のよさやおもしろさみたいなものが透けて見える瞬間はあるでしょう。絵の向こう側にまったくプライバシーがない、人となりみたいなものが存在しないAIで、ホラー・怪談を制作することで、得体のしれないものが生まれるんじゃないかと思いました。まあ、最近はその不気味さすら覆い隠す、技術の進歩も見られますけどね。発端は、どこまでいっても人間らしくならない、その弱みを逆手にとろう、ということでした。

――そうして、山陰中央テレビジョン放送(TSK)と組んで、島根とゆかりのある作家・小泉八雲を軸に作品がつくられたわけですが、FROGMANさんご自身も、長く島根に住んでいたんですよね。

FROGMAN:もともとは東京生まれの東京育ち、生粋の東男(あずまおとこ)だったんですけど、実写映像の業界にいたとき、映画のロケではじめて島根を訪れたんです。そして、その土地のもつ湿度の高さに驚かされたんですよね。雪の降る三月で空気に湿り気があった、というのもあるのですが、いい意味でじめっとしたものを感じたんです。これまで行ったどの地方都市とも違う何かがある、と肌で感じました。特別、霊感や第六感などを発動するタイプではないんですけどね。小泉八雲の住んでいた町だと知って、なるほどと思ったことを覚えています。

――小泉八雲のことはお好きだったんですか。

FROGMAN:小学校低学年のとき、本屋さんで『怪談』というタイトルがたまたま目に入って、買ってもらったことがあるんですよ。期待していたような、おどろおどろしいホラーではなかったので、途中で読むのはやめてしまったんですけど(笑)、ふつうの「怖さ」とは違うなんだか変なお話だなあとは思っていました。その「なんだか変だなあ」という感じが、島根に対する印象と重なったんです。本格的に興味を抱いたのは、松江出身の妻と結婚して島根に暮らし、小泉八雲の話を日常的に耳にするようになってからですね。だから、『ばけばけ』が放送されると知ったとき、これは我々が何もしないわけにはいかないだろう、と。

小泉八雲ゆかりの島根は「あの世とこの世の境目がほかの地域の人より曖昧な感じがする」

――それで、『小泉八雲のKWAIDANの世界』を制作する流れに。

FROGMAN:とりあえず、勢いで第一話「耳なし芳一」にあたる映像をつくってみたんですよ。以前も、松江市と組んで八雲の作品をフラッシュアニメーションにしたことがあったのですが、どちらかというとやはりギャグ寄り。3分程度の尺で「いかに転がすか」を重視したけど、今回は「ドラマを見せる」ことに力を注ぎたかった。それができるかできないかも含め、まずはつくって確かめたかったんです。できた作品を弊社の椎木(隆太/株式会社ディー・エル・イーの創業者)に預けたら、TSKの方につながり、放送が決まりました。

――おっしゃるように、ただ怖いだけじゃない、観終えたあとも余韻の残るシリーズですよね。たった2分なのに、五感に訴えかけるような演出と、すべてが解明されるわけではない怪談ならではのぞっとする感じがありました。

FROGMAN:そうおっしゃっていただけると、ほっとします。僕も子どもの頃からホラーが大好きで、今も日本ホラー映画大賞の選考委員をやらせていただいているんですけど、やっぱり強烈な画(え)やエピソードを求めてしまうんですよね。ただ強烈なだけの画をつくるのは、そう難しくない。理屈をこえて、心に訴えかけてくるようなものが欲しいんです。ホラーづくりにおいて重要なのは、技術をこえたセンスや、強烈さの裏に何を込めるかという創作者としてのまなざし。裏を返せば、良質なホラーづくりを突き詰めることで、表現の幅も広がっていくんだということを常々感じていました。

――そもそも「怖い」という感覚自体、枠があるようでないですよね。

FROGMAN:そうなんですよ。怖い姿をしたものに驚かされるのもこわいけど、ふと開けた古い押し入れに紙切れが一枚落ちていて、一言二言書かれているのを見ただけでぞくっとする、なんてこともある。見せ方によって、どの感覚に訴えかけるかによって、無限に物語がふくらんでいくのがホラーのおもしろさだと思います。

――そんななか、商業作品として「みんなに伝わる怖さ」を表現するのは難しい気がするのですが、小泉八雲のもつ強力な引力みたいなものを表現する際、何か意識したことはありますか。

FROGMAN:それはやっぱり、島根という土地の話にも戻ってしまうんですけど。僕が島根に住もうと思った理由のひとつに「日本によく似た異国だ」と感じたことが大きいんです。『古事記』の舞台であり、神話の故郷ともいわれる島根、とくに出雲を含む東部は人の流入が少なく、住んでいる人が入れ替わるということがないんです。つまり、神話の時代から2000年近く、島根を構成する人々が変わっていないということ。だからみなさん、神話に登場する神様たちのことを、ご先祖様のように語るんですよね。多くの人たちにとって、血のつながりがあるご先祖様と、ある意味で絶対的な存在である神様は、生きているレイヤーが違う。でも島根の人たちは、神様の直系の子孫であるという意識があるから、あの世とこの世の境目がほかの地域の人より曖昧な感じがするんです。

――島根の佐太神社で「神送り」という行事に参加したことがあるんですけど、神社や行事も特別崇高なものというより、すぐそばにあるもの、という感じですよね。

FROGMAN:そうなんです。神様はご先祖様でもあるから、聖人だとは思っていない。でもご先祖様だから失礼なことをしてはいけないし、忘れてもいけない。敬う対象は集落ごとに異なるけれど、その感覚だけは共通している。それが島根の空気をつくっているのだと、暮らし始めてから気づきました。現代人にとって死は穢れで、おそれるべきこと。どうすれば遠ざけられるかにばかり躍起になるけど、島根の人にとって死とあの世はすぐそばにある地続きのもの。その死生観を作品に込めることができれば、ただ怖がらせるのではない、心に訴えかけるドラマをつくれるんじゃないかと思いました。

――ご自身でとくに気に入っているエピソードはありますか。

FROGMAN:「第三夜 飴を買う女」でしょうか。死をもこえていく母親の愛を描いたエピソードで、母親の愛情に飢えた子ども時代を過ごした八雲は、島根に伝わるこのエピソードに触れたとき深い感銘をうけたそうです。が、実は島根特有の話ではなく、京都でも「幽霊子育飴」が売られているように、全国で散見されるものなんですね。それも含めて、すごく日本人らしくていいなあと思います。以前、松江市と組んでつくったのも「飴を買う女」だったので思い入れが深いです。あとは「第九夜 ろくろ首」。冷静に考えるとばかばかしくて笑っちゃうシーンも多いんだけど、つくっていて楽しかったです。

アニメルック版「第三夜 飴を買う女」
アニメルック版「第三夜 飴を買う女」
実写ルック版「第三夜 飴を買う女」
実写ルック版「第三夜 飴を買う女」

アニメとリアルの2パターンを作成。それがそのまま放送されることに

――先ほどおっしゃっていた不気味さ以外に、AIだからこそできた表現はありますか。

FROGMAN:身もふたもないことをいえば「すべて」です。というのも、うちのスタッフはもともと実写を専門にしていた人ばかり。アニメ経験がほとんどないだけでなく、そもそもスタジオがたちあがって間もないから、AIにも慣れているわけじゃないんです。それなのに、いきなりテレビシリーズを生み出せてしまうくらいのクオリティを叩き出せるのが、AIならではだなと思います。

――実写経験のある方ばかりだから、今回、アニメーションだけでなく、リアル版(AIを使った実写映像風の動画)も制作されたんですか?

FROGMAN:というより、どちらがいいだろうと迷っていたから、パイロット版をアニメとリアルの2パターンつくっていたんですよ。そうしたら、どっちも捨てがたいから両方、ということになってしまった。僕の知らないところでね(笑)。ただ、僕はもともと実写畑の人間だし、アニメしかつくりたくない、というタイプではない。アニメにしかできないことをやりたい、のではなく、描きたいと思っているドラマをどうすれば最良のかたちで世の中に提供していけるか、を考えたいんです。だから、AIでアニメもリアルも制作できると手ごたえを得られたことが嬉しかった。AIを使ってできることはまだまだたくさんあるはずだ、と可能性を感じてもいます。

――その、描きたいドラマがあるかどうかが、きっと創作においては重要なんですよね。AIを使おうと、使わなかろうと。

FROGMAN:そのとおりです。強烈な画をつくるだけなら難しくない、と言ったように、映像をつくるだけなら誰にでもできる時代になりました。でも、映像を作品に変えるには絶対、下積みが必要なんです。Wordで文章を打てるから、きれいに文章をそれっぽく整えられるから、人の心に響く文章が書けるわけではないのと同じように。誤解している人も多いけど、いまだに……というか技術が進歩した今だからこそ、作品には創作者の人間性が必要となる。手がかからなくなったのは、メインプロダクション(生成)の部分だけで、企画やシナリオ作り、キャラクターデザイン、音声を入れるところなど、あいかわらず人の能力に頼らざるを得ないことばかり。劇的に低コストになったわけでもないんですよ。

――むしろ、AIにあとはおまかせ、をするためには、最初につくる世界観に隙があってもいけないから、手間がかかりますよね。

FROGMAN:おっしゃるとおりです。生成部分で浮いたリソースを、これまで時間や予算がなくて注力できなかった部分に割くだけですから。スタッフにも常々「僕らは演出家であるべきだ」と言っているんですよ。作品がおもしろくなるのはAIの力ではなく演出家の腕次第。逆に、それだけ徹底すれば間違いなくおもしろいものができるとわかっているのだから、時間も予算もそこに注ごう、と。だから僕たちが「安く・はやくできます」とは絶対に言いません。

AIの導入によってアニメ業界全体の働き方を変えていきたい

――今作で、演出の部分ではどこにこだわりましたか。

FROGMAN:今作に限らず、物語をつくるときに一番大事にしているのがリズムなんです。そのリズムはシナリオ段階からきっちりつくりこんでいかないと、物語の中で響かない。僕はいつも、落語や漫才といった日本の伝統話芸を参考にしているのですが、間をとりながらときにはやく、ときに遅く、見栄を切ったり、ためたり、いろんな手法を駆使して心地のいいリズムをつくれるかどうかにかかっている。むしろそこさえちゃんとしていれば、映像がしょぼくても魅力的な作品に仕上がるんです。アニメに限らず、さまざまな現場で積み上げてきた技術は今作でも踏襲していますね。

――今後は、どんな作品に挑戦していきたいですか。

FROGMAN:もともと実写映像の監督になりたかった人間ですから、リアル版での長尺のドラマを……ゆくゆくは映画一本分くらいの規模でつくれたらいいなと思っています。そんなの無理だって言う人はたくさんいるけど、フラッシュアニメーションを始めた当時も「劇場版なんかつくっても間がもつわけない」とさんざん言われましたからね。それが今はもう、十本も制作しているんですから、不可能なんてないと信じて頑張っていくのみです。あとは、作品とは関係ないけれど、AIの導入によってアニメ業界全体の働き方を変えていきたい。

――「安く・はやくできます」とは絶対に言わないという信念と、繋がることですね。

FROGMAN:公表されていることですが、僕たちの会社はこんなに仕事しているのに赤字。社長としても、その状態は変えなくてはいけないんです。AIを使うから安くなる、のではなく、AIを使ってここまでのことができるから単価を上げる、という方向に舵を切らなくてはいけない。アニメ特需といわれて久しいながらも、その恩恵が決して制作現場を潤しているわけではなく、三年連続倒産件数が増えているこの歪な現状を変えて、アニメーターたちが食べていける業界にする。そのためにも、AIを使って何ができるのか、考えていきたいです。

取材・文=立花もも 撮影=川口宗道

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