「UFOが迎えに来る」――認知症の祖母が発したひと言が、家族の限界と誰にも言えない介護の本音を浮かび上がらせる『姨捨星 結木万紀子作品集』【書評】

マンガ

公開日:2025/12/27

 大切な家族が弱っていくとき、支える側の心もまた静かに削られていく。『姨捨星 結木万紀子作品集』(結木万紀子/KADOKAWA)は、孤独やすれ違いといった感情を静かな筆致で描き出す短編集だ。特にタイトルにもなっている短編「姥捨星」は、介護家族の消耗と再生を題材にした作品である。

 認知症が進行した祖母と、その介護を担う家族。自分のこともわからなくなり、奇妙な言動ばかりの祖母は、ある日「もうすぐUFOが迎えに来る」と語りだす。その突飛な言葉は、家族にとって特に大きな意味を持たず、いつものこととして無視されるが――。タイトルからも推測できる通り「姥捨山」を、日常と非日常のボーダーともいえるSF的な空気の中でアップデートした作品だ。

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 仕事に追われる夫と、義母の介護を押し付けられた妻がすれ違っていくというのは現実にもよくある話だ。この物語が秀逸なのは、その様子が終始子どもの視点で語られる点だ。大人の本音が飛び交い、家の空気が徐々に重く濁っていく。その変化を最も敏感に感じているのが子どもだ。食卓に落ちる沈黙、交わらない視線、そして祖母を嫌いになっていく自分自身……。家が「安心できる場所」でなくなっていく不安を子どもの立場から描くことで、介護問題の複雑さを浮き彫りにしている。

 一方、何もわからないはずの祖母が発した「UFOが迎えにくる」という言葉もまた、突拍子もないようで核心をついたセリフなのだ。読み進めていくうちに「UFO」や「星」という言葉に託された真意に突き当たり、読者の胸をざわつかせるだろう。

 この作品集には、日常に潜むわずかなひび割れや、言葉にできない感情の揺れをすくい取る佳作が詰め込まれている。アラサー女性の苦しみを描いた『地獄の三十路録』(KADOKAWA)の著者ならではの、きれいごとばかりではない複雑な心理描写に注目してほしい。

文=馬風亭ゑりん

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