書き手の気持ちを入れることで、論文から読みものへと変化【編集者の顔が見てみたい‼】
公開日:2026/1/8
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年1月号からの転載です。
◎今月の編集者
岩波書店 編集局自然科学編集部 濱門麻美子さん

はまかど・まみこ●1993年、岩波書店に入社。2015年より自然科学編集部・編集長に。認知科学、言語学、数学を中心に書籍を編集。担当新刊『新・解きたくなる数学』(佐藤雅彦、大島 遼、廣瀬隼也:著)が好評発売中。
私はずっと自然科学系の編集部におりまして、言語学や認知科学に関する本を作ってきました。昔から言葉の仕組みや、言葉を使って他者とコミュニケーションする心の働きに興味があったのですが、7年ほど前、言語学者の滝浦真人先生から、まさにそうした研究をされている方がいる、と時本先生をご紹介されました。先生とお話しするうち幾つか企画が浮かび「間接的な発話に含まれる意図を私たちはどのように理解しているのか?」というテーマでぜひ書いていただきたく依頼しました。
時本先生は普段、論文を書かれているので、最初にいただいた構成案も学術論文のようでした。これでは一般の読者はついていけないだろうと考え、もっと具体的なエピソードを盛り込んでくださいと要望。ご自身の気持ちや実験をしたときの思いなど、論文を書く際には入れるべきではないこと―それこそ“心”をこそ入れてください、と。先生はご理解くださり、娘さんとのやり取りなどを加えていただきました。それにより書き手の人間性が浮かび上がり、論文から読みものへ変化したのです。
タイトルの「あいまいな会話はなぜ成立するのか」は同僚の発案です。担当編集の私は、それこそ「間接的発話」という学術用語に囚われてしまい、すっと伝わるフレーズが出てこなかったんです(苦笑)。題名が決まったことで先生も書きやすくなられたようで、そこから脳波にまつわる最終章までなめらかに進んでいきました。
岩波科学ライブラリーは科学を一般読者に分かりやすく、かつ楽しく伝えることをコンセプトにしています。新書の半分ほどの厚みなので、絞ったテーマで深掘りするよう意識していますね。量子コンピューターや大規模言語モデルなど旬のテーマを扱うこともあれば、本書のようにコミュニケーションという普遍的なテーマを切り口としたものまで、本当に様々。これからも楽しく学べる本を刊行していきたいです。
気になるポイント! 専門家が解き明かしてくれる間接表現の仕組み
マンガの台詞についていつも考えている。たとえば携帯の充電器を忘れたとき、多くの人は「充電器貸して」ではなく間接的に「充電器持ってる?」と口にするだろう。その言い方から相手への配慮が伝わってくる。しかし、一方で間接的に伝えることで、かえって嫌味や皮肉になることもある。良い間接表現と、そうではない間接表現の違いはなんだろう? そんなことを専門家の先生が解き明かしてくれる本。「岩波科学ライブラリー」は厚すぎず薄すぎず、ちょうどいい塩梅で知を届けてくれる。学びの導入として最適なシリーズだ。
さどしま・ようへい●1979年生まれ。講談社勤務を経て、クリエイターのエージェント会社、コルクを創業。三田紀房、安野モヨコ、小山宙哉ら著名作家陣とエージェント契約を結び、作品編集、著作権管理、ファンコミュニティ形成・運営などを行う。

『あいまいな会話はなぜ成立するのか』
(時本真吾/岩波書店)1320円(税込)
「コーヒー飲む?」「明日、朝が早いんだ」といったあいまいな会話はあいまいであるにもかかわらず、なぜ成立するのか? 哲学、言語学、心理学、そして脳科学の観点から、会話におけるコミュニケーションを楽しく解明する。
<第9回に続く>