思春期って、自分を変えた時期のことかなと思うんです『花売り姫』【長谷川まりる インタビュー】

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2026/1/23

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年2月号からの転載です。

 第62回野間児童文芸賞受賞の栄誉に輝いた『杉森くんを殺すには』がジャンルの垣根を越え、世代を越えてベストセラーとなるなど、熱い注目を集める長谷川まりる。最新作『花売り姫』は、一般文芸として刊行される長編小説だ。昔ばなしを思わせる世界観が採用されている。

「大塚英志さんが原作を担当されているマンガがきっかけで、民俗学が好きになりました。特に“山人伝説”に惹かれたんです。民俗学者の柳田國男は、世間で妖怪と言われている存在は、いろいろな背景を持って山で暮らしている“山人”のことなんじゃないかと言ったんですよね。じゃあ、“山人”の中でも美しい女性の姿をした“山姫”は、いったいどんな背景を持った人だったのかな……と想像を膨らませていくうちに、このお話の大枠の設定が生まれました」

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 本作には「取り替え子」の要素も入り込んでいる。妖精などが人間の子どもを誘拐し、その代わりに自分たちの子どもを置いていくというヨーロッパの伝承だ。

「取り替え子に興味を持ったきっかけは、アレックス・シアラーの『13ヵ月と13週と13日と満月の夜』という小説を読んだことでした。あのお話は、魔女に体をすり替えられてしまった友達の体を取り返そうとして、主人公が頑張るんですよね。それを読んだ時に、“取り替えられた側”の子どもの話をいつか書いてみたいと思っていたんです」

梓未の不安がどんどん膨らんでいったからこそ

 高校2年生の少女・梓未が、母が運転する車で、田舎の古民家に到着する場面から物語は始まる。大自然の中にある、亡き祖母が暮らしていた平屋のこの家に、東京からふたりで引っ越してきたのだ。母はこの家で花屋を営むようになり、梓未は母の手伝いをしながら、通信制の高校で勉強を始める。

 ある日、梓未が屋根裏に上がってみると、窓の外に〈目が覚めるほどの、極彩色〉を見つける。庭にいた時は見えなかった、背丈よりも高い生垣の向こう側は、花畑だったのだ。梓未は窓からはしごを下ろし、〈咲く季節もばらばらなはずの美しい花たち〉が存在する異世界へと降り立つ――。ファンタジーの王道とも言えるオープニングだ。

「このお話に関しては、異世界という言葉よりも、幽世という言葉のほうがしっくりくるかもしれません。主人公が幽世と現世を行ったり来たりするんですが、幽世への入口の設定がうまくいったなと思っています。梓未は屋根裏へ登ってきたはしごを一旦回収して、それを使って窓から降りていく。彼女が幽世にいる間は、現世から誰もここへは入ってこられないんです。ちなみに、四季のすべての花が咲いている花畑は、『千と千尋の神隠し』に出てくる油屋の庭のイメージ。子どもの頃から、筋金入りの宮﨑駿好きなんです(笑)」

 美しくもあり異様でもある花畑にいたのは、背の高い大人の女性だった。どこか浮世離れした言動を示す彼女に対して、なぜか「自分に似ている」と感じた梓未。やがて「ひい」という名前の彼女と、花畑で会話を交わすことが日常になっていく。今の季節には咲いていない花をもらい、その代わりに、家から持ってきたお土産を彼女に渡すようになって……。

「悪魔的な契約がどんどんエスカレートして、後戻りできなくなる。自分ではそのつもりはなかったんですが、読んでくれた人から“怖いね”と言われて気づきました。このお話、結構ホラーだぞ、と」

 本作は、ミステリーでもある。ひいという存在の謎、ひいが暮らしている幽世の謎が、現世から迷い込んだ梓未によって掘り進められていく。その過程で物語は二転三転、反転(!)を遂げるのだ。

「プロットを固めてから書き始めることもあるんですが、今回はほぼ何も決めず、書きながらお話の展開を考えました。だから、梓未がびっくりしている場面では、私自身もびっくりしていました。“それってどういうこと? 何も知らないんだけど!”と(笑)。梓未が今の状態から抜け出すにはどうしたらいいんだろうと考え込んでいる場面では、私自身も一緒になって考えていたんです。先の展開を最初から知っていたら、文章に説得力が出なかったかもしれない。何も決めていなかったからこそ、梓未が感じている不安に感情移入しながら書けたし、書きながら梓未の不安がどんどん膨らんでいったからこそ、この世界にまつわる謎も魅力的なものになっていったと思うんです」

“本当にそうかな?”と自分の頭で考えてみる

 そもそも母と娘がこの家に引っ越してきた理由は、父の死と、そして梓未が「問題」を起こしたことにあった。SNSの炎上だ。

「SNSでよく起きる炎上騒ぎを見ていると、“当事者はどこ?”と思うことが多いんです。勝手に加害者側と被害者側に立った人たちの間で代理戦争が起きて、盛り上がっていくうちにむしろ当事者の存在はどうでも良くなるというか、透明人間みたいになってしまう。そこに巻き込まれたら、本人はすごく孤独を感じるんじゃないかと思いました」

 その「問題」は、母が娘を見つめる視線にも影を及ぼす。誰よりも分かり合いたい人なのに、分かり合えない。梓未の孤独感は、母との関係からも掻き立てられていく。

「私も母とぎくしゃくしていた時期があったので、その時のことを思い出しながら書いた部分は大きいです。子どもはなんだかんだ言って、お母さんのことが好きだと思うんですよね。ちっちゃい頃はどんなに雑に扱われても“好き好き!”で、どうすればこっちを向いてくれるだろうとずっと考えているし、お母さんのことは嫌いになれない。でも、大人になってから振り返ると、意外とズキッとくる言葉をもらっていたり、いくらなんでもそれはお母さんがおかしいよ、という振る舞いをされていたことに気づいたりする。そういった自分の中にある悩みとか痛みを登場人物に埋め込んで、他の人の物語として客観的な目線から書いていくことで、“お母さんはあの時こういうつもりで私にああ言ったのかな”と理解できたり、許せるようになる。小説を書くことは、どんなカウンセリングより効くと思っているんです」

 実は、本作はもともとヤングアダルト小説(※中高生をメインターゲットに想定した小説)のつもりで書いた作品だったという。結果的に一般文芸として刊行されることになったが、10代の子たちにも読んでほしいという思いは強い。

「主人公の梓未は、この物語の最初と最後で大きく変わります。成長している。現実って日々の積み重ねなので滅多に変化は起きないんですけど、物語だったらそれが表現できるんですよね。そのこと自体に、癒やされるような感覚もあると思うんです。人は変われるんだ、という希望のようなものが持てるようになる。あと、この主人公はいろいろなことをめっちゃ考えるんです。物語の要請としてそうなった部分もあるんですが、今の若い人たちに向けて、考えることって大事だし楽しいよ、と伝えたいという気持ちもあったんですよね。人から“こうだ”と言われたことを信じるんじゃなくて、“本当にそうかな?”と自分の頭で考えてみる。私自身、思春期の頃にその癖を身につけたおかげで、変わることができたんです」

 もちろん、本書は大人にも響く。

「思春期って、自分を変えた時期のことかなと思うんですよね。大人はみんな思春期を通っているから、このお話の主人公が自分を変えよう、変わろうとした感覚は、共感を持って読めると思うんですよ」

取材・文:吉田大助 撮影:鈴木慶子
取材協力:GREEN SPRINGS(東京都立川市緑町3-1)

はせがわ・まりる●長野県生まれ、東京育ち。2018年に『お絵かき禁止の国』で第59回講談社児童文学新人賞佳作を受賞しデビュー。22年に『かすみ川の人魚』で第55回日本児童文学者協会新人賞、24年に『杉森くんを殺すには』で第62回野間児童文芸賞を受賞。そのほかの作品に『呼人は旅をする』『アリーチェと魔法の書』『ぼくのシェフ』などがある。

花売り姫
(長谷川まりる/PHP研究所)1870円(税込)

ある問題を起こしたせいで高校を退学し、母と二人で田舎にある亡き祖母の家に引っ越してきた梓未。通信制の高校の授業を受けながら母が営む花屋を手伝っていたある日、屋根裏の窓から、家の裏にある、咲く季節が違うはずの花々が咲き乱れる不思議な花畑の存在を知る。花畑の主である女性“ひい”と出会い、仲良くなった梓未は、美しい花と自分が持っていたものを交換してもらうようになるが、次第にひいの態度が変わっていき……。

ダ・ヴィンチ 2026年2月号 [雑誌]

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花売り姫

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