執筆中、ずっと心を占めていたのは「書かなければなかったことになる」『弔いのひ』【間宮改衣 インタビュー】

ダ・ヴィンチ 今月号のコンテンツから

公開日:2026/1/16

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年2月号からの転載です。

《私小説》という表現形式を前にすると、どこか抜き差しならぬものと向き合う気持ちになる。フィクションの形をとりながらも、書き手が生身で迫ってくるような。機械の体を得て不老不死になった主人公が、約100年後の未来から《家族史》を綴る『ここはすべての夜明けまえ』で、大反響のなか、忽然と文学界に現れた間宮さんが、2作目に書くことを選んだのはこの形式だった。

「フィクションを重視した話も考えていたのですが、今、自分が書くべきものはそれではないと思ったとき、本作の原型となる物語が生まれてきました。『ここはすべての夜明けまえ』は“名前のないわたし”という人が、家族のことを振り返って書く形式でした。あれを書いたからこそ、今度は私自身が家族を振り返り、自分のなかにある、人生のなかでまだ消化しきれていなかったことを書くべきときが来たのかなと思いました」

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 ゲームシナリオの仕事に行き詰まり、逃げ場を求めるように応募した小説で作家デビューした織香。けれどその反動で鬱になり、苦しみのなか、思い出したのは子供の頃のこと。癌を発症し、治療に専念するため、家族と離れて暮らしていた父、娘の自信を打ち砕く言動を繰り返す母。両親は折り合いが悪く、大学進学後、家を出てから織香は父とも母とも没交渉に。父の最期もコロナ禍で故郷には帰らなかった。“父のことを書いてみたいです”。編集者に告げた、そのひと言から物語は動いていく。

「自分が経験してきたこと、周りで起こった出来事を小説のなかに落とし込むことができるのか、果たしてひとつの小説になるのだろうかという試みのもと、執筆を進めていきました。ただ、織香も含め作中の人物には、複数の人を反映させ、起こった出来事の情報を取捨選択していくなか、フィクションとしてどう線を描いていくか、ということに意識を向けていました。そこには、人々の生も人生のなかで起きる出来事も“小説のためにあるのではない”という私自身の思いがありました」

 どうやって書いたらいいでしょうか、と訊ねる織香に、編集者はある作家の言葉を借り、『私小説は過去に落とし前をつけることだ』と言う。

「それは、私自身が編集者の方から伺い、しっくりときた言葉でした。小説としても、現実としても、自分のなかで整理し、折り合いをつけることを意味するこのセリフは作品全体を象徴するものになりました。物語の主人公が、あの時はこうだったけれど、今、それを見ている自分というものもいて─と、過去と現在を行き来しながら考えていったとき、そうして考えている間も、時間というものは過ぎていく。それを文字として書いていく取り組みが、結果的に“落とし前をつける”ことなのではないかなと」

 執筆の準備として、織香は生前の父から送られてきた数多のメールを紐解いていく。2018年秋から届き始めたメールは、最初は父自身の言葉で、病が進行し、父の手が動かなくなってからは伯母たちによって、父のアドレスから送られてきたものだった。それらのメールを読む織香は、これまで第三者に語っていた《父はこんな人でした》という表面的な情報と父親が書いた言葉の間に乖離を覚える。その耳元でふいに、ずっと聞いていなかった父の声が響く。“織香、お父さんは明日、死ぬかもしれんのや。だから何があったか話してくれんか”。子供の頃から死ぬまで心を通わせることのできなかった父。作中にはその言葉が繰り返し現れる。

書くことの前で対立する自分と“おかっぱの子供”

「この小説を書いているとき、自分の心を占めていたのは、書かなければなかったことになる、ということでした。書いたからといって、何か人や世の役に立つわけではない。けれど凄まじいスピードで世界が動いている今、こういうことが織香の中で、そして私の中で起こっているということを書き留めることには意味がある。この小説を書くなか、繰り返し現れてきた父の言葉は、それを諦めずに続けなさい、というある種のメッセージのようなものとして捉えていました」

 執筆を始めた織香は“書く”ことの前で立ち止まってしまう。そんな彼女の前に這い出してくるのが、肌に粟気を感じる、一重瞼のおかっぱの子供。小説に向かおうとすると、どこからか現れ、織香を動揺させる。

「どんなに嫌な親であっても、子供はその庇護のもとで生活をしなければなりません。織香は幼少時代、辛い現実のなか、小説を書いて幻を生み出し、現実から逃避して自分を守ってきた。生身の織香は成長するけれど、当時の自分は成長せず、ずっと潜伏している。私小説を書くという現実に向き合ったとき、表に現れてきたおかっぱの子供は、“自分のなかにある傷から逃げたら、それはなかったことになってしまうよね”と、自分を監視しているような存在でした。そして“書く”ことを純粋に楽しんでいたその子は、書くことをポジティブに受け入れられない今の織香と、ある種、対立するような存在でもありました」

 織香は、父や家族との苦しい年月を「お金に換える」と考えることで、“書く”ことに折り合いをつけようとする。父が最期の日々を迎えたとき、頭のなかに相続というワードが過り、父へのメールも、一文字いくら、と換算していたように。

自己完結から一歩踏み出した新たな到達

『ここはすべての夜明けまえ』の語り手は“名前のないわたし”。どれだけ書いても名前を教えてもらえないような感覚があったという。

「それは私の中にある“名付け”という行為がもつ暴力性に対する抵抗感が一因だったかもしれません。けれど今作では、登場人物の名前が重要になりました。名付けが暴力的と思う一方、自分を名付けた人と対峙して書くなかで、名前を語ることは避けられなかった。そして自分の名前の向こう側にいる人間は何なのか? と追求していくなか、理解したのは“織香”と呼ばれても、父親が自分のことを本当にわかっていたのかどうかはわからないこと。名前を呼ばれることによって、そこに親しみのようなものは生まれるけれど、実は表面上で止まっているのでは? という問いが、今作では名前というもののひとつの役割になりました」

 表面的な優しい言葉で、父とメールのやりとりをする織香に対し、「これまで自分のことを放っておいたくせに、“今さらなんだ”と喧嘩することが、本当は誠実な行為だったのに」という考えが執筆中、脳裏を巡ったという。間宮さんのなかにあったその逡巡は行間からも立ち上り、読む人のなかにある、向き合わなかった過去、そこから生まれてくる逡巡とも同期していく。

「人間というものは、忘れたいことは一秒でも早く忘れたい生き物です。でも忘れ続けていると、あのとき生きていた人、今は自分の周りからいなくなったけど、いたはずの人が見えなくなってしまう。それが私はちょっと悲しくて。書かなければなかったことを書いた本作で、それが、私が小説を書く意味であり、その役割を、自分は与えてもらった人なのかな、ということに気付きました」

 背景となったコロナ禍の時間も、作中に次々と現れてくる様々な人の様々な言葉も、なかったことにはせず、私小説を書いていく織香が到ったのは――。

「前作の到達点であった自己の完結から今作は一歩踏み出していきました。ひとりの人間が、誰かと関わることで、表面には出なくとも、ジェットコースターみたいな変化が内面にはある。それがこの小説に表現できていたらいいなと思っています」

取材・文:河村道子 写真:首藤幹夫

まみや・かい●1992年、大分県生まれ。2023年、「ここはすべての夜明けまえ」で、第11回ハヤカワSFコンテスト特別賞を受賞。同作は翌年に単行本化され、第37回三島由紀夫賞候補となる。発表時、『新潮』に掲載された本作「弔いのひ」は、第47回野間文芸新人賞候補作となった。

弔いのひ
(間宮改衣/新潮社)1870円(税込)

ゲームシナリオの仕事が行き詰まり、逃げ場を求めるように応募した小説でデビューしたわたし。その反動で鬱になり、苦しみのなかで思い出したのは折り合いの悪い両親、病と闘う父がいた、子供の頃のこと。そこで生き延びるためにわたしは書き始めたのだった。2作目にわたしが書くことを選んだのは《私小説》。自身の「夜明け」のため、半生を描き切った「蘇生」の作。

ダ・ヴィンチ 2026年2月号 [雑誌]

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弔いのひ

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