ブック・オブ・ザ・イヤー1位獲得! 村山由佳 『PRIZE―プライズ―』【受賞記念インタビュー】
公開日:2026/1/28
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年1月号からの転載です。

「担当編集の方から電話をいただいたとき、声が裏返ってしまったんです。『え!? マジで?』って(笑)。最高に嬉しかった。ブック・オブ・ザ・イヤー1位、ずっと欲しかったんです」
「本好きにはたまらなく面白い小説!」(50代・女)という声が溢れ返った『PRIZE―プライズ―』で初めての1位を獲ったことにも歓びを感じているという。
「本や小説の世界を愛する気持ち、“小説がなくちゃ生きていけない”という思いは、書いた私自身も、読んでくださった方々もまったく同じだと思うんです。そんな小説の世界を成り立たせている作家、編集者、出版界という、本の好きな皆さんだからこそきっと知りたいだろうなというところを書いたものを、このように受け入れていただいたことが何よりうれしくて。私やこの作品が賞をいただいたというより、“本、好きだよね! 小説っていいよね!”という連帯感を再確認できたように思えたんです。みんなで一緒に、“乾杯!”とできたような」
〈直木賞が欲しい〉〈何としてでも認めさせてやる。全身全霊を注ぎ込んで、絶対に〉と憤怒の炎を燃やす作家・天羽カインは、自身の「恥ずかしい」から生まれてきた人物だったという。
「私にとって、恥ずかしいことは常に、執筆の鉱脈だったんです。女性にとっての性愛や性的欲求は、ある時期まで私にとってすごく恥ずかしいことであったし、そこに触れることはタブーだった。そこをあえて、なぜそれが自分にとって禁忌なのだろうと掘り下げていくことで『ダブル・ファンタジー』から始まる小説たちを書けた。性愛については結構書いた、そこではないところを書きたいと思ったとき、担当編集者さんに『それ以外で恥ずかしいことは何ですか』と問われ、『承認欲求だね』と。デビューから30年、私は“作家・村山由佳”というキャラクターを自分のなかに確立し、演じてきたところがあるんですよね。そして“村山由佳”は認められたい、売れたい、賞が欲しいなんて気持ちを表に出してはいけない、それは恥ずかしいことだと思い込んでいた。けれどなぜ、皆が持っているはずの承認欲求をあからさまにするのがそんなに恥ずかしいのか? ならばそれを隠さない人を書いてみようというところから、天羽カインという強烈なキャラクターが出てきました」
そんな主人公と直木賞が結びついたのは――。
「『オール讀物』での連載でしたので、直木賞が発表される、この文芸誌でしかできないことをやってみたかった。それに私自身、直木賞、欲しかったですもん。本当に欲しかった。小説すばる新人賞を同時受賞した佐藤賢一さんがデビュー6年目くらいに直木賞を受賞されたとき、なぜ私は候補にもならないんだろうと悩み、野心と現状のバランスみたいなところですごくしんどい思いをしたんです。10年目に『星々の舟』で直木賞をいただいたのですが、そのとき、『もうこれを欲しいと思わなくてよくなったんだな』とすごく気持ちが自由になった。欲しい欲しいと念じていた頃の自分を振り返ってみると、カインも辛かろうと。著作が売れれば売れるだけ、“どうして?”という怒りも募るだろうと。けれど彼女はそれを隠さない格好良さがある。書き進むうちに、彼女のことがどんどん好きになっていきました」
直木賞選考過程のフェアと厳格を知ってもらいたかった
“直木賞”も“文藝春秋”も実名のまま。「名前は変えられているが、実在する作家さんがたくさん登場し、推測するのが楽しかった」(40代・女)というリアリティに沿った要素をはじめ、作家と編集者の間にある生々しいやりとり、直木賞の選考過程の詳細については、出版界、文学界のなかでも大きな話題を呼んだ。直木賞の贈呈式で『PRIZE―プライズ―』の話題が作家たちの間で語られるほどに。
「『よく書いたね』という方もいれば、『なぜ私は出てこないんだ?』という方もいらして(笑)。なかでも宮部みゆきさんの、『由佳ちゃんが腹を括ったときって、いつも凄い小説が出てくる』『覚悟がないと書けなかったでしょ』というお言葉が本当に嬉しくて。“もっとやっていい”というエールをいただいたような気がしました。でも皆さんがいうほど、“ここまで書いていいのか?”という思いはなかったんです。本当にヤバければ、担当編集者の方が止めてくれるだろうと。逆に私が縮こまって書かなくてもいいように、彼が腹を括ってくれたのだろうなと」
〈何より避けたいのは、《今期は受賞作なし!》との判断が下されてしまうこと〉という作中のその言葉に、現実を重ねた人もいただろう。2025年上半期の直木賞は、約19年ぶりに〈受賞作なし〉となった。
「あのとき、多くの書店さんが全候補作と一緒に本書もフィーチャーしてくださって。直木賞は販売実績に繋がる賞なので、書店さんは本当に大変だという思いもありつつ、その結果は選考委員の方々の苦渋の判断であり、文学に対する妥協のなさの現れだということを強く思っています」
本作を読むと、直木賞という賞の重み、権威が肌感覚で伝わってくる。
「作家の一生を変えるような賞でもあるので。候補作を絞るまでの過程も、本作を書くまで私自身も知らなかった。何回も繰り返される下読み、新入社員であっても、部長であっても、ひとり1票。立場によって1票の重さが変わることは絶対にない。直木賞の選考はそれほどまでにフェアであることを、読者の方に知ってもらいたいという気持ちは大きかったですね」
やっぱり越えていきたい 今まで書いてきたものを全部
「時代への関心を作品に定着させる方法に共感しています」(60代・男)という言葉どおり、村山さんの作品はどの時代を舞台にしても“今”の空気に通じるものがある。本作では主題のひとつ、承認欲求がそこに繋がっている。本作が刊行される頃、ある公職選挙法違反が問われるきっかけにもなったSNS発信が炎上する一件があった。発信者に対し〈承認欲求モンスター〉という言葉が飛び交い、注目を集めた。
「時代の感覚に敏感という自覚はなく、逆にオーソドックスだからだと思うんです。小説すばる新人賞の選評に、五木寛之さんが『凡庸さに徹する』『そこがこの作家の或る才能かもしれない』と書いてくださったんです。当時は“凡庸”という言葉にネガティブな思いを抱きましたが、だからこそ時代とか、世間の多くの人たちとシナプスが繋がりやすいということを、五木さんは見抜いてらしたのだなと」
カインが全身全霊を傾けて書き、これで直木賞を獲れなかったら、もう書かないかも、という思いで刊行し、後に4度目の直木賞候補作となる『テセウスは歌う』の取材で、この一冊のなかで“特に思い入れの深いセリフってありますか?”と問われる場面がある。同じ問いかけを村山さんにもしてみた。
「思い入れ深い一行は数多あります。でも物書きとして思うのは、〈帰って仕事するんだから〉という最後の一行。そこには次の作品を見据えているカインの思いが籠っている。それは私も一緒で。作品のなかで、一番気に入っている作品は?とよく訊かれるのですが、私はいつも、“今、頭のなかにある一作です”と答えます。やっぱり越えていきたいですもんね、今まで書いてきたものを全部。カインの最後の言葉に託した精神性を、私自身、ずっと持っていたいなと思います」
取材・文:河村道子 写真:冨永智子
むらやま・ゆか●1964年、東京都生まれ。93年『天使の卵―エンジェルス・エッグ』で小説すばる新人賞を受賞しデビュー。『星々の舟』で直木賞、『ダブル・ファンタジー』で中央公論文芸賞、島清恋愛文学賞、柴田錬三郎賞、『風よ あらしよ』で吉川英治文学賞を受賞。最新刊は『しっぽのカルテ』。文春記者も登場する「GAME―ゲーム―」を『週刊文春』で連載中。

『PRIZE―プライズ―』
(村山由佳/文藝春秋)2200円(税込)
本を出せばベストセラー、世間からは認められているのに、文壇からは正当に評価されない人気作家・天羽カイン。直木賞が獲れない。私の何が駄目なの? 何としてでも認めさせてやる。作家にとって直木賞とは? その内幕、編集者の欲望……。禁断の“作家”小説。
(読者アンケートコメント)
●直木賞への渇望を越えた執着の行先、周りの人間模様が面白いドラマとして描かれていて息もつかせない(60代・女)
●作家の承認欲求の狂気と編集者の妄執。赤裸々な感情が怖くも面白い。読者の視線ではわからないその心の内に震えが止まらなかった(40代・女)
