東大卒コンビ・無尽蔵のコラム連載「尽き無い思考」/第29回(野尻)「お笑い芸人の言う『努力』って何ですか?家でツッコミの素振りでもしているの?」
更新日:2026/1/8

サンミュージックプロダクションに所属する若手の漫才コンビ・無尽蔵は、ボケの野尻とツッコミのやまぎわがどちらも東大卒という秀才芸人。さまざまな物事の起源や“もしも”の世界を、東大生らしいアカデミックな視点によって誰もが笑えるネタへと昇華させる漫才で、「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出・「M-1グランプリ」では2024年から2年連続で準々決勝に進出し、次世代ブレイク芸人の1組として注目されている。新宿や高円寺の小劇場を主戦場とする令和の若手芸人は、何を思うのか?“売れる”ことを夢見てがむしゃらに笑いを追求する日々を、この連載「尽き無い思考」で2人が交互に綴っていく。第29回は野尻回。
第29回(野尻)「お笑い芸人の言う『努力』って何ですか?家でツッコミの素振りでもしているの?」
あけましておめでとうございます。無尽蔵の野尻です。
熱狂の「M-1グランプリ」から始まった年末年始のお笑いラッシュはすっかり落ち着きを見せ、ここからは芸人のネタにスポットライトはほとんど当たらない平常運行へ世の中は戻ります(ところで、みんなが特にテレビを見ている年末年始に、各局が急にネタを流してくれるのは一体なぜなのですか?ネタがその名の通り、お刺身みたいなものと認識されているのですか?)。
「R-1グランプリ」を除いて目立った賞レースがない1月から4月にかけての時期は、多くの若手芸人にとってオフシーズンと位置付けられています。戦いを宿命付けられた現代の若手芸人がある程度奔放に芸人活動を謳歌できるこの戦間期は、裏を返せば次の戦に備えてお笑いの牙を研磨する必要に駆られる時期でもあります。
勝つため、売れるために芸人が「今年は本当に努力をした」などと口にすることがあります。アスリートや受験生が努力をしたと語れば、その具体的な内容を想像することは難くないですが、芸人が行う「努力」の正体とは一体何なんだろうか?と私はいつも考えています。
というのも、私はお笑いを始めてからほとんど「努力をした」と感じたことがなく、むしろ幼い頃からの本懐であった芸人活動という享楽の中で欲望のままにお笑いをやっているという認識しかなかったのです。努力というなら、一般的な立身出世のレースから外れて芸人という放蕩生活を送るために、親を納得させるために血眼になって行った受験勉強のほうが、よほど「お笑いのための努力」であったと思います。
では芸人の努力とは何なのか?それこそアスリートのように、家で壁に向かってツッコミを1000回行うワークアウトを行い、それを努力と称しているとは考えづらいです。
まず思いつくのは、ネタをたくさん作ることを努力と謳っているのではないかという仮説です。やはり多くの若手芸人とってネタが活動の本分ですので、若者が机に向かって産みの苦しみに悶えながらネタ作成を行う姿を想像すると、たしかに努力じみています。
ですが、誰かに頼まれて始めたわけでもない芸人という道楽を維持するために、責任がほとんど伴わないネタという個人的なものを勝手に唸りながら作っているだけであり、その自己都合を「努力」と美化して言うことは、マッチポンプに他なりません。
さらに言えば、お笑いという演芸はネタの中で作家性を発露させる自己修養という面ももちろんありますが、その前に赤の他人を笑わせるという外部目的があります。ですから、一年にネタを100本作ろうがそれは原理的にお客さんに関係のないことであり、成果でなく過程への逃避であると言えます。
ラディカルな物言いになりますが、がむしゃらにネタを作ることの「努力っぽさ」にかまけて安心するのは自己中心的であり、本当に芸に誠実であろうとするなら、時局や個性を分析して至高の一本のネタを作ることこそ「努力」と呼ぶにふさわしいのではないでしょうか。
賞レースの優勝というような明確な成果をあげた芸人の「努力」が、事後的に物語として回収されることもあります。その芸人が努力を見せることを拒んでも、周りがサクセスストーリーを作りたがります。「この芸人はこんなに努力をしたから優勝できた」という見せ方には、結果論特有の白々しさと努力を結果に寄生させて更に価値を生もうとする強欲さを感じてしまいます。
一般的な視聴者のほとんどはお笑いに取り組んだことがないので、努力が結果に結びついたという分かりやすいストーリー信じ込むと思いますが、お笑いはそう簡単ではなく、才能と運によって決定される部分が大きい残酷なものなのです。その残酷さへの救いを求めるような形で、「努力」という言葉を芸人もメディアも使いたがるのではないでしょうか。
努力すれば芸人は面白くなるのか。もちろん違います。例えばみだりにネタを粗製濫造し、発想の源泉を枯れさせてしまうことを努力と呼ぶのはナンセンスです。あるいは努力をしたつもりで結果が出たとしても、それが単なるラッキーパンチだったこともあるでしょう。そして、これまで努力らしい努力をしてこずに芸人になった人間が語る努力のハードルはとても低いでしょうし、そうだとしても面白かったらいいわけです。
ただ一つ言えるのは、「この勝負ネタは100本ネタを作ったうちの1本だ」と言うのではなく、「100本作ったけど99本つまんなかった」と語ることこそが、真に芸人らしいということです。
■無尽蔵
サンミュージックプロダクション所属の若手お笑いコンビ。「東京大学落語研究会」で出会った野尻とやまぎわが学生時代に結成し、2020年に開催された学生お笑いの大会「ガチプロ」で優勝したことを契機としてプロの芸人となった。「UNDER5 AWARD 2025」では決勝に進出、「M-1グランプリ」では2024年から2年連続で準々決勝に進出。
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