歌人・穂村弘が講評 『短歌ください』第214回のテーマは「地図」
公開日:2026/1/30

※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2026年2月号からの転載です。
今回のテーマは「地図」です。力作が集まりました。
●地図のなか光や雪が降っている風が吹いてる泣く人がいる
(稲葉ゆい)
「地図」という一枚の紙から、幻のように世界が立ち上がってくる。古地図の中には死者も生きているのかも。
●地図帳の表紙のごわごわ触りつつ席替え嫌だなって思った
(鴨岡佑・女・28歳)
そういえば、他の教科書などと違って「ごわごわ」していたような。「地図帳」と「席替え」の組み合わせによって、教室の中の時間が甦りました。
●夜 マクドナルドの静かな騒がしさ家までの道がわからない 夜
(坂下海・女・31歳)
「夜中のマクドナルドには、家に帰りたくない、帰れない人が昼間よりも多いような気がします」という作者のコメントがありました。そこは「夜」の迷子たちの溜まり場なのか。「静かな騒がしさ」という矛盾めいた表現に臨場感がありますね。

●参謀の汗の玉が大机にひろがる南シナ海に落ちた
(かどみなかずき・男・28歳)
「参謀」「大机」によって、地図という言葉を使わずに緊迫した一場面が描かれている。「南シナ海」は軍事や安全保障的にも重要な海域らしい。
●父の地図の頃はソビエト連邦でソとビの間がとっても広い
(タカノリ・タカノ・男・35歳)
「地図」上の「ソビエト連邦」が大きいのではなく、「ソとビの間がとっても広い」という把握が、時間的空間的な遥かさをより強く感じさせる。
●市の境に住む不都合のひとつとして 五時のチャイムのメロディーが混ざる
(さかもとまいこ・女)
「遠き山に日は落ちてと夕焼け小焼けが一斉に流れます」という作者のコメントがありました。パラレルワールドが一つに重なるような不思議さ。

では、次に自由題作品を御紹介しましょう。
●逃げ出した新婦のようにティッシュを咥えた子猫が走り抜けてく
(シラソ・女・40歳)
純白の「ティッシュ」が「逃げ出した新婦」のヴェールかドレスを思わせる。一瞬の幻覚の美しさ。
同じ作者の「腕時計は燃えるごみだっただろうかあの時駅で捨てた時計」もよかった。
●道路にはたくさんの羽が散らばってアスファルトってハト食べるんだ
(くりはらさとみ・女・55歳)
猫などではなく、「アスファルトってハト食べるんだ」の面白さ。それによって、もう一つの世界が生まれた。
●「チャプチェ」ってチャプチェを食べた時いつもガッツポーズを君としていた
(遊鳥泰隆・男・30歳)
「チャプチェ」という響きがいいのだろうか。無意味な行為の共有にこそ、愛の幸福があるのかもしれない。

●割引のシールの上に割引のシール重ねて貼ってある冬
(猪山鉱一・男・23歳)
季節とは関係がないはずの「割引のシール」によって「冬」が表現されているところが新鮮。「重ね」着のイメージもあるのでしょうか。
●あやとりで作った橋の真ん中に双子の姉が鋏を入れた
(常田瑛子・女・38歳)
「恐ろしい光景でした」との作者コメントあり。「双子」の絆が切断された瞬間。何故、そんなことになったのか。スローモーションで再生されそうです。
●しめじのねもとのちいさいしめじのねもとにさらにしめじで戦慄
(美夏実)
「根元の方にどんどんとこれから大きくなったであろう小さいしめじがたくさん見えてちょっと怖いような気持ち」との作者コメントあり。平仮名表記による「しめじ」「ねもと」の繰り返しが、その怖さをさらに増幅させている。
●人間じゃやはりないのだ人魚姫の冬の唇あんなに紅く
(原田冬・女・52歳)
「冬の海に長時間浸かっていても唇が紫にならないということは、つまりそういうことなのだと思います」との作者コメントあり。想像とリアリズムの交点に詩が生まれました。

次の募集テーマは「穴」です。靴下の穴、鼻の穴、穴熊、巣穴、落とし穴など。色々な角度から自由に詠ってみてください。楽しみにしています。
また自由詠は常に募集中です。どちらも何首までって上限はありません。思いついたらどんどん送ってください。

絵=藤本将綱
ほむら・ひろし●歌人。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』など。他の著書に『にょっ記』『短歌の友人』『もしもし、運命の人ですか。』『野良猫を尊敬した日』『はじめての短歌』『短歌のガチャポン』『蛸足ノート』『満月が欠けている』など。『水中翼船炎上中』で若山牧水賞を受賞。デビュー歌集『シンジケート』新装版が発売中。
