ちょっとした偶然から人生が少しだけ色づく。カリスマ歌姫と普通の会社員がコインランドリーで過ごす、なんでもないけど愛おしい時間【書評】
公開日:2026/2/16

忙しい毎日のなんでもない夜に、訪れた近所のコインランドリーで人生が少しだけ色づき始める。『今夜コインランドリーで逢いましょう』(藍原るりえ:漫画、ケンノジ:原作/KADOKAWA)は、そんななんでもない場所で、偶然居合わせただけの関係から始まるまったりコメディだ。
主人公の成田は、毎日多忙なファミレス社員。激務に疲れ果てたある夜、家で何気なく見ていた動画でカリスマ歌姫・夜崎ササの姿を目にする。彼女の姿が記憶の片隅に残る中、洗濯機の故障によって訪れた近所のコインランドリーに、なんとさっき動画で見ていたササ本人がいて――。そんな出会いからこの物語は始まる。
ササはテレビやSNSではクールでミステリアスな印象だが、コインランドリーという日常で見せる一面はまったく飾らない、年相応の少女だった。そんな彼女の振る舞いが、成田の心を少しずつ解きほぐし、人と言葉を交わすことの温かさに気づかせてくれる。さらに、ストーリーが進むごとにふたりの関係は単なる偶然から進展を見せ、洗濯の待ち時間に他愛もない話をしたり、ゲームをしたり、心の距離が少しずつ縮まる瞬間を積み重ねていく。そのやり取りは、モノクロだった日常に色がついていくような幸福感をもたらす。
本作は、派手で奇抜な恋愛模様や悲喜劇的な展開に頼ることはない。人気アーティストと一般人という、ふたりが日頃身を置いている世界の差は物語の仕掛けとしては鮮烈だが、その後に続くのは都市の片隅にあるコインランドリーというありふれた空間で、ふたりが過ごすささやかな時間の心地よさだ。そのぬくもりが読み手の心にも伝播してじんわりと染みていく。流されがちな日常の中で生まれる感情の揺れに気づき、思いがけない出会いを大切にする。それが人生を少しだけ豊かにすることを教えてくれる物語は、毎日忙殺されている人や疲れを癒やしたい人におすすめの作品である。
文=時任邪武郎
