商品の値上がりは賃上げへの道しるべ──2020年代の日本経済の変化をわかりやすく解説する『インフレの時代』【書評】
PR 公開日:2026/1/30

『インフレの時代-賃金・物価・金利のゆくえ』(渡辺努/中央公論新社)は、2022年春以降続いている日本のインフレについて多角的に解説した一冊だ。
まず、日本は長年“慢性デフレ”に陥っていた。本来、健全な経済では、生産性が高い企業の賃金が上がり、労働者がそこに集うことで経済全体の効率が高まるものだ。しかし、日本では賃金が据え置かれたことで、そのメカニズムが機能せず、経済力が低下し続けた。
こうした状況からの脱却を示すインフレについて、著者はポジティブな視点で捉えている。価格が上がるぶん賃上げも実現する、賃金と物価の好循環が回るスタートラインにようやく立てたということらしい。とはいえ、賃上げが物価上昇に追いついていないため、消費者がそれをすぐに実感することは難しい。
本書を読み進めていくと、「食料品の値上がりが大きい」「いくら働いても余裕がない」といったひとりの消費者としての不安が整理されていく。長期的な経済の大きなうねりにおいて、現在はまさに変化のタイミングなのだということが理解できるからだろう。
インフレを前向きに受け入れる姿勢が整ってくると、むしろ日本では約30年間なぜ物価が上がらなかったのか、なぜこれほど長い年月デフレが続いたのかが気になってくる。その点も本書は丁寧に解説しており、背景にも納得できるのがありがたい。
30年ともなると、それは生活者にとっての“当たり前”になる。長年続いたのならば、これが“正常”なのだというバイアスもかかる。気づかないうちに「価格も賃金も上がらないものだ」と思い込んでいた頭を一度リセットするうえで、本書は大変に役立つ。
インフレの到来を「値上がりによる生活苦」と直結させて身を縮めるのではなく、長年停滞していた経済が再び活力を取り戻すチャンスが訪れていると捉えよう、というのが本書の大きなメッセージであるように感じた。
そこに紐づくテーマとして、経済全体のトレンドを決定づける要因は、消費者自身であるということも印象的だった。本書では、消費者の中にあるインフレ予想が実際のインフレ率にもたらす影響力の強さについて言及している。また、消費者のフェアネスの意識は、市場に結びついている。本書でも例として取り上げられている「令和の米騒動」は、店舗側が消費者からの批判を恐れ、値上げをためらった結果、在庫切れに追い込まれたのが原因だという。
消費者の意識と経済が強く結びついているということを踏まえると、改めて私たち一人ひとりがインフレを好機と捉えて能動的に適応していくこと、企業が前向きな経営へと転換していくことの重要性が見えてくる。賃上げが追いつくまでは実感がわかないかもしれないが、私たちが“インフレ・モード”にアップデートしていくことが、日本経済をより良い方向へと導いていく。
生活必需品の値上げに対して漠たる不安を抱えている方、経済への知識に自信がない方に、おすすめしたい一冊だ。本書の切り口はわかりやすく、説得力のあるデータも充実しており、専門的な視点でありながら難解ではない。日本経済の大きな変化が起こりつつある今だからこそ、手にとってほしい。
文=宿木雪樹
