童話のような暗黒の世界は夢か現実か…高橋葉介デビュー45周年記念コミックは「夢幻紳士」シリーズの最新作!
公開日:2022/7/23

ミステリアスな青年が各話に出てきて、主要人物に妖しい夢を見せる。どれもブラックな雰囲気が漂うが、じょじょに読者はその夢のどこまでが現実でどこからが幻なのかわからなくなる。
青年の名前は夢幻魔実也(むげん・まみや)で、彼から冷たくクールな印象を受ける人も多いだろう。このシリーズの要で人々の闇を暴く存在だ。
作者のデビュー45周年記念コミックでもある新作『夢幻紳士 夢幻童話篇』(高橋葉介/早川書房)は、すべて童話に見立てたエピソードである。目次を開くと「シンデレラ」や「白雪姫」、「赤頭巾」といった有名な童話のタイトルが並び読者の想像力をかきたてる。
童話と同じように各話に登場する悪役は自業自得の結末を迎える。だからといって決して勧善懲悪とはいかないところに本作の凄みがある。象徴的なのが第5話と第6話だ。
第5話の「白雪姫」では金持ちとその新しい妻、料理人、前の妻が産んだ幼い娘が登場するのだが、幼い娘は毎夜黒い影ににらまれると父親に言う。幼さは無垢の象徴として扱われることが多く、明らかな悪役である新しい妻の対比として読者の目に映る。しかしすべてが解決したと思えた終盤、娘は予想もしなかった一面を見せ、妖しい笑みを浮かべる。
第6話の『ピノキオ 「人形地獄より」』は作中でも屈指の恐ろしい事件が描かれる。ある日、魔実也は面白い人形が置いてあると聞き娼館へ赴く。女主人から「何をしてもいい」と言われたのが裸の少女の人形だった。魔実也が触れると人形は話せるようになり、自らの過去を語り始める。
ワタシハ…
元ハニンゲン…
人間だったのよ
女主人が悪役で人形の少女が被害者であることは序盤の段階でわかるが、注目したいのは結末の描写だ。
ハッピーエンドだという思い込みをかなぐり捨てるような最後の少女の表情から、いろいろな考察ができるが、どれも決して幸せなものではない。悪が裁かれても、被害を受けた側に幸せが訪れるとは限らないのだ。
ひとつひとつのエピソードで魔実也は謎や事件をつまびらかにするが、そのあとの被害者たちの人生に私たち読者は思いを馳せずにいられない。今までずっと「夢幻紳士」シリーズを読んできた人も、本作で初めてその世界観に触れる人も、同じように楽しめるだろう。
あとがきで作者は本作における夢幻魔美也についてこう語る。
漫画のキャラクターなどというものは作者が頭の中でひねくり出すものではなく、“外から”ポンッ! とやって来るのだという事を最初に教えてくれたのが彼でした。
作者の筆の先で、魔実也は自由自在に動き「人でなし」と思われるような行動もするが、本作では珍しくおしゃべりで愛想の良い一面もかいま見えると作者は述べる。
読み進めるにつれて、本作で初めて彼に出会った読者は旧作を読みたくなるはずだ。これは即ち本作に収録された全10話のエピソードですっかりと魔実也に魅せられてしまったということでもある。
ふんわりとした画風にホラーテイストの描写、主人公の魅力にミステリアスなストーリー。読者を魅せるさまざまな要素が本作に詰まっている。
文=若林理央