投票〆切間近!BOOK OF THE YEAR 2022 マルチに活躍する酒テロ、飯テロ動画クリエイター・酒村ゆっけ、が選ぶ今年の一冊
更新日:2022/10/5

雑誌『ダ・ヴィンチ』の年末恒例大特集「BOOK OF THE YEAR」の投票がスタート!今回は、動画クリエイターであり執筆、音楽活動と幅広いジャンルに活躍の場を広げる酒村ゆっけ、さんに今年の一冊を伺った。
取材・文:倉田モトキ
「言葉が持つ力を感じ、使い方に衝撃を受けた」
「おっはモーニング」の呼びかけで始まる酒テロ・飯テロのYouTube『世界一のゆっけ』は登録者数80万人以上にのぼり、近年はエッセイ本(『無職、ときどきハイボール』/ダイヤモンド社)や短編小説(『酒に溺れた人魚姫、海の仲間を食い散らかす』/KADOKAWA)を上梓、さらにはCDデビューも果たすなど、マルチに活躍するクリエイターの酒村ゆっけ、さん。動画のナレーションにはセンスの光る自虐ネタやこじらせワードが溢れ、一度観始めると病みつきに。そんな彼女は、やはりというべきか、かなりの読書家だそう。本屋にふらっと立ち寄り、表紙を見て直感的にマンガや小説を買い漁るというゆっけ、さん。そんな彼女が選ぶこの一年で最も心に残った本は、マンガ『光が死んだ夏』。
「WEBで今も連載中なのですが、私は単行本の1巻をたまたま見かけて読み始めました。とある田舎の夏を舞台に、ホラー、BL、青春という私の好きな要素がすべて詰まっていて(笑)。もともとハッピーエンド作品よりも、報われない恋であったり、ちょっと死の香りのする作品が大好きなんですね。だからこそ“儚さ”や“切なさ”、“危うさ”を内包しているこの作品を初めて読んだ時、胸の奥をギュッと捻り潰されるような苦しさを感じ、一気に心を持っていかれたんです」
――幼い頃から親友同士だったよしきと光。しかし、ある夏の日に光が行方不明となる。一週間後、再び姿を現した光だったが、よしきは親友の異変に気づき、光が“ナニカ”に体を乗っ取られているのではないかと怪しむようになる。
「これまでと何かが違う……そのおかしさに気づいているのはよしきだけなんです。けど、ずっと奇妙に感じながらも、よしきは彼のことが好きで、いつまでも一緒にいたいという気持ちが強いから、何も言い出せずにいる。だからといって、このままだと光が本当に別人になってしまうのではないかという葛藤もあって。そうした叶わないよしきの想いにぐんぐんと惹きつけられました。同じBLの要素がある『君の名前で僕を呼んで』という洋画が大好きなんですが、お互いがあまり多くを語らず、そこに存在する“余白”を楽しむという世界観は通ずるものがあるなと感じましたね」
――また、彼女を虜にしたもう一つの要素。それはマンガならではのホラーの表現方法だ。
「セリフがそれほど多くない代わりに、擬音が多いんですよね。例えば、コマの中に《シャワシャワシャワシャワ》という言葉が書かれていて、それは一見するとセミの鳴き声のようなんですが、“もしかすると言葉にはできない心の声なのかも”とも読み取れる。それに、林の茂みの奥のほうに平仮名の《く》の字が現れて、それがどんどん大きくなり、やがては化け物みたいな形に変化していく。“こんなホラーの描き方もあるのか!?”と、最初に読んだ時は背筋が凍る思いでした」
――そして、どうしても一冊に絞れなかったというゆっけさん。もう一冊、彼女の心を捉えて離さなかったのが小説『君の顔では泣けない』だ。男女の中身が入れ替わるというSFとしては王道ともいえる設定。しかし、「そんな定番のイメージを完全に覆す、まったく新しい展開に衝撃を受けた」そうだ。
「入れ替わりモノといえば、思春期の男の子がある朝起きると女性になっていて下着姿に顔を赤らめたり、そこから2人の間に恋愛要素が生まれたりといったラブコメを想像すると思うんです。けど、そうした単純な物語ではなくって。15歳で中身が入れ替わり、それを受け入れた2人がどんな半生を過ごしてきたかが軸になっている。主人公の男性目線で物語が描かれ、女性特有の成長とどう向き合っていくのか、また、昨今の話題となっているジェンダーの問題などにも触れていて、考えさせる部分がたくさんありました」
――自分の体が突然、別の性別の誰かと入れ替わる――。現実的にありえないことだと分かっていても、もし本当に自分の身に起きれば、そこには絶望しかないのかもしれない。
「原作者である君嶋彼方さんのインタビューを読んだのですが、そこには“同志愛”と書かれていて、その言葉がすごく腑に落ちたんです。仮に恋人関係になってしまえば、つまりは自分の姿を愛すことになりますから、きっとそうはならないはずで。でも、親友のように互いを支え合うことならできる。これもまた、新しい愛の形のひとつなのかなって感じましたね」
一番力を入れているのは執筆。もっとたくさん文章を書いていきたい
――ゆっけ、さんは新卒で入った映画会社を半年で辞め、2020年にYouTubeで活動を始めると、一年足らずで約40万人の登録者数を獲得した。自らを“ネオ無職”と呼び、「好きなことをやっているだけ」と話すが、彼女にとって2021年は無職どころか、「人生における初めての経験が多かった年」だったそうだ。
「酒村ゆっけ、として初めて音楽のライブに挑戦し、有観客のイベントも開催しました。また、インプットする意味も込めて、映画やお芝居を観に行く機会も増やしていった一年でしたね。今はいろんな世界に触れ、吸収していくことで、自分に何ができるのかを見極めていく時期だと思っているんです」
――YouTubeの登録者数が増え続け、ますます注目を集めるようになっていることについては、「今でも夢なんじゃないかなぁと思ってます」と驚きつつ、それでもマイペースさは変わらない。
「立呑屋さんで呑んでいても声をかけられることがないので、本当はフィクションなんじゃないかなって思っちゃいます(笑)。ただ、初めてお客さんを前にしてイベントを行なった時はいろんな発見がありました。意外とお酒が呑めない方が多かったり、『お酒はまったく呑めないけど、動画を観ていると“酔っ払う”という感覚を一緒に楽しめているような気持ちになります』という声をいただけたり。普段から私は怠惰な生活を送っているので、配信作業をサボってしまいギリギリになってしまうこともしょっちゅうなのですが(苦笑)、皆さんからそうした言葉をいただくと、“文章を通して面白い作品をつくりたいという創作意欲とそれを楽しみに待ってくれる皆さんのためにも頑張るぞ〜”という気持ちになりますね」」
――そんな彼女に2023年の目標をうかがうと、「まずは文章力を極めたい」との答えが。
「クリエイターとして一番力を入れているのが執筆なんです。動画用の原稿を毎日のように書いていますが、先程もお話ししたようにインプット作業に時間を取られるあまり、動画以外の執筆活動は不完全燃焼に感じていて。本当はコラムの連載などもやってみたいし、長編小説も書いてみたい。ネタはあるんです。きっと私は実体験に伴った物語しかまだ書けないと思うのですが、お酒の放浪記のようなお話であれば十分すぎるほど経験していますから(笑)。と、言いつつ、スケジュール管理能力が恐ろしいほど欠落しているので、頭で思ってはいても、なかなか実行に移せない。そこが問題なんです(笑)。美味しいご飯とお酒に溺れ、時間があれば映画や舞台を観ているので、その時間を執筆に回せばいいんでしょうけど、“いやいや、これもサボっているんじゃなく、未来の自分のための投資だから”といつも言い訳をしている(笑)。だから、一年以上前に作ったToDoリストから何も消えることなく、そのまま残ってしまっていたりして。……そうですね、その意味ではまずは言い訳をやめ、己の怠惰な性格に勝つのを来年の最初の目標にしていこうかなと思っています」
【プロフィール】
さかむら・ゆっけ●酒を愛し、酒に愛される孤独な女。新卒半年で仕事を辞め、そのままネオ無職を全う中。引っ込み思案で、人見知りを極めているけれど酒がそばにいてくれるから大丈夫。たくさんの酒彼氏に囲まれて生きている。食べること、映画や本、そして美味しいお酒に溺れる毎日。そんな酒との生活を文章に綴り、YouTubeにて酒テロ動画を発信している。気付けば、画面越しのたくさんの乾杯仲間たちに囲まれていた。
『光が死んだ夏』
ある集落で暮らす同い年の少年・よしきと光は、ずっと一緒に育ってきた。しかしある夏の日、光が行方不明になってしまい、一週間後無事に戻ってはきたが、光の言動によしきは違和感を覚える。そしてあることがきっかけで、よしきが光だと思っていたものは別の”ナニカ”にすり替わっていることに気付いてしまう。それでも、一緒にいたい。友人の姿をしたナニカとの、いつも通りの日々が始まる。
『君の顔では泣けない』
高校1年の坂平陸と同級生の水村まなみは、プールに一緒に落ちたことがきっかけで体が入れ替わってしまう。元に戻ることを信じ、入れ替わったことは二人だけの秘密にすると決めた陸だったが、“坂平陸”としてそつなく生きるまなみとは異なり、うまく“水村まなみ”になりきれず戸惑う陸。時は流れ高校を卒業、男として生きることを諦め、新たな人生を歩み出すべきか……迷いを抱えながらも、水村まなみとして上京、結婚、出産と人生の転機を経験していくことになる。