SUPER BEAVER渋谷龍太のエッセイ連載「吹けば飛ぶよな男だが」/第27回「赤提灯」

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更新日:2023/11/28

 1.赤提灯の居酒屋なんか好きじゃない。ただ自己プロデュースとしては有効だと思っている。

 2.赤提灯の居酒屋は本当に好き。そして自己プロデュースとして有効だとも思っている。

 3.赤提灯の居酒屋本当に好き。自己プロデュースとか関係なくまじ好き。

 

 どれだどれだ。私は湧き上がってくるワクワクを鎮めるために、勢いよく緑茶ハイを仰いだ。

 するとここでおじさんがお手洗いから戻ってきた。頬が赤く、くたびれたポロシャツの襟の片方は何故かくるんと丸まっていた。ゆらゆらと椅子に腰掛ける様を見守っていると、「ちょっと失礼します」という一言を残して、入れ替わる形で女の子が席を立ち、お手洗いに向かった。

「いつもここで飲んでるの」

 私はおじさんと壁との狭い隙間を通る彼女の背中から目を離して、おじさんと目を合わせた。

「普段は新宿とかですかね」

「〇〇って店わかる」

「え、大久保のあたりの」

「そうそう」

「知ってます、地元ですよ。よく行きます」

「俺もよく行くんだよ」

「なんか嬉しいっす。いつも何食べます?」

 おじさんは迷わず言った。

 

「やっこだよ、変に料理してないから一番うまい」

 

 それを聞いた私が頷くまでに所用した時間、おおよそ三秒。

 変なタイミングで乾杯してきたおじさんとぶつけたグラスの音が、私の耳にはやけに大きく聞こえた。

 やがて、女の子がお手洗いから戻ってきた。つけたばかりと思しき香水がほのかに香った。

「ただいま、です」

「おかえり。ねエ」

「はい」

「いつも居酒屋さんで何頼むの」

「え、なんだろ、モツ煮、とかですか」

「やっこは?」

「え?」

「冷奴」

「冷奴はあまり頼まないかもです。どこで食べてもあんまり変わらないじゃないですか」

「うん」

「え」

「そうだね」

 女の子は何が楽しいのかちょっとだけ笑って、「あ、聞いてくださいよ、そういえば」と次の話題に向かって進み始めた。

 この子の真意はどこにあるんだ、なんて。選択肢まで用意して名推理をぶっかまそうとした割に、私には「変に料理してないから一番うまい」なんてことが言える経験もまだなく。案外私って浅瀬泳いでんだなア、としみじみ思うに至る。

「ねエ、おねえちゃんさ」

 おじさんが突然、私を飛び越して彼女に話し掛けた。

「はい」

「さっき掛けてた眼鏡似合ってたのになんで取っちゃったの」

「え」

「眼鏡」

「私眼鏡掛けてませんよ」

「え」

「私家でしか眼鏡かけないですけど」

「うっそオ」

「嘘じゃないですよ」

「なんでよ」

 大きく笑ったおじさんは多分、「自己プロデュース」なんて浮ついた言葉が届かない底の方を、ゆったりと泳いでいるのだろう。

SUPER BEAVER渋谷龍太

<第28回に続く>

しぶや・りゅうた=1987年5月27日生まれ。
ロックバンド・SUPER BEAVERのボーカル。2009年6月メジャーデビューするものの、2011年に活動の場をメジャーからインディーズへと移し、年間100本以上のライブを実施。2012年に自主レーベルI×L×P× RECORDSを立ち上げたのち、2013年にmurffin discs内のロックレーベル[NOiD]とタッグを組んでの活動をスタート。2018年4月には初の東京・日本武道館ワンマンライブを開催。結成15周年を迎えた2020年、Sony Music Recordsと約10年ぶりにメジャー再契約。「名前を呼ぶよ」が、人気コミックス原作の映画『東京リベンジャーズ』の主題歌に起用される。現在もライブハウス、ホール、アリーナ、フェスなど年間100本近いライブを行い、2022年10月から12月に自身最大規模となる4都市8公演のアリーナツアーも全公演ソールドアウト、約75,000人を動員した。さらに前作に続き、2023年4月21日公開の映画『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -運命-』に、新曲「グラデーション」が、6月30日公開の『東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編 -決戦-』の主題歌に新曲「儚くない」が決定。同年7月に、自身最大キャパシティとなる富士急ハイランド・コニファーフォレストにてワンマンライブを2日間開催。9月からは「SUPER BEAVER 都会のラクダ TOUR 2023-2024 ~ 駱駝革命21 ~」をスタートさせ、2024年の同ツアーでは約6年ぶりとなる日本武道館公演を3日間発表し、4都市9公演のアリーナ公演を実施。2025年4月に結成20周年を迎え、SUPER BEAVER 自主企画「現場至上主義 2025」を4月5日、6日にさいたまスーパーアリーナで行い、さらに、6月20日、21日に自身最大規模となるZOZOマリンスタジアムにてライブを行うことが決定。

自身のバンドの軌跡を描いた小説「都会のラクダ」、この連載を書籍化したエッセイ集「吹けば飛ぶよな男だが」が発売中