母のきもの箪笥/きもの再入門①|山内マリコ

文芸・カルチャー

更新日:2023/11/14

兄の結婚式

 二つ年上の兄が結婚する。神前式のあと、地元のホテルで披露宴をおこなうプランだという。そのときわたしは東京にいて、一人、文学的ニートの泥沼でもがいていた。文学新人賞をとったものの最初の本がなかなか出せず、生殺し状態で二年が経ちつつあり、どうしようもなくなっていた。

 兄の結婚はもちろん喜ばしい。トラディショナルなスタイルの式を挙げるという。いいことだ。じゃあ、新郎の妹はなにを着たらいいか?

 はじめは洋装で済まそうとしていたが、上から下まで買い揃えるとなると、それはそれでお金がかかる。母は例のきもの箪笥から黒留袖を引っ張り出すというし、二十代で未婚の妹なんだから、やっぱりきものだろうということになる。そうしてホテルと提携する貸衣装店で、レンタル振り袖を見繕う段取りが組まれた。

 貸衣装店で対応してくれたスタッフの女性の説明によると、値段に応じてランクがあるとのこと。別にこだわりもなかったので下から攻めることにしたのだが、出てくるきものがどれもショボくて、まったく素敵じゃない。そもそも、ザ・成人式みたいなきものをいいと思ったこともなく、あまりやる気もなかった。赤系の振り袖なんていかにも二十歳のお嬢さんという感じで、当時二十代後半だった自分には、気恥ずかしくてとても着られない。出てくるきものを辟易した目で品定めし、いくらなんでもなぁと思いながら仕方なくお値段のランクを上げてみると、ちらほらと良さそうなきものが出てきた。でも、心の底からいいと思えるものはなかなかない。スタッフの女性は次から次にきものを惜しげもなく畳に、投げるように広げた。『グレート・ギャツビー』の有名なシャツのシーンみたいに。あ、これはいいかもな、と思ったきものが見つかった頃には、一面が振り袖で溢れ、畳が見えないほどになっていた。そしてここからが本番なのだった。

 

 選んだのは、裾は黒系、そこから藤色になり、バストアップは白系と、グラデーションになったきものだった。全体に鞠菊のような花柄がちりばめられている。ようやっときものが決まった、ああ疲れた、さぁ帰ろう帰ろうと思っていると、スタッフの女性は次に帯を出してきた。ああ、そっかそっか、きものっていうのは帯もいるもんなんだ、というくらい、この時点のわたしはきものに対して無知だった。

 帯どころか、選ばなきゃいけないものは大量にあった。帯揚げ、帯締めはもちろん、半襟と伊達衿、草履と和装バッグ。なにをどう組み合わせるかで全体の雰囲気ががらりと変わるのがおもしろく、布一枚、紐一本とあなどっていたアイテムの存在感の大きさがわかってきて、だんだん楽しくなってくる。きものは形がどれも一緒だから、色柄の組み合わせに集中して存分に遊べる。洋服とはコーディネートのいろはがずいぶん違っているんだな、と気づく頃には、すでにアドレナリンが出まくって、完全にハイになっていた。

 とりわけ感動したのは、顔まわりの印象をがらりと変えてしまう、半襟の効果だ。最初は半襟と言われてもそもそも概念がわからず、「なんですかそれは?」という感じ。きものの下に着る長襦袢の襟に縫い付ける布のことで、要はブラウスでいう襟にあたり、形としてはVネックのように顔を縁取る。これが、驚くほど意味のある布なのだった。鏡の前できものを試着し、半襟をとっかえひっかえすると、絵の額縁を変えたくらい違って見えた。

 最終的に選んだのは、淡い水色の縮緬に小花の刺繍が入った可愛らしい半襟だった。その色が、とりわけ顔色を映えさせてくれると感じた。小物に至るまですべてを選び終えた頃にはくたくただった。まさかこんな選定作業があるとは露知らず、運転手のつもりで同行し、ずっと横で眺めていた父にいたっては白目……。しかしわたしはというと、きもの一式を好き放題にコーディネートできたことで、なんだかちょっと、スイッチが入りかけていた。

 

 兄の結婚式本番、実際にきものを着たときは、女らしい立ち居振る舞いを強いられるので小っ恥ずかしいし、苦しくて見動きがとりづらいし、支度には時間がかかるしで辟易したものの、それでもきものに対する興味は確実にこのとき、芽生えたのだった。それが二〇〇八年の暮れ、二十八歳になったばかりの頃のことである。