ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、塩田武士『存在のすべてを』
更新日:2025/1/10

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?
※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2023年12月号からの転載になります。
『存在のすべてを』
●あらすじ●
平成3年に神奈川県で起きた二児同時誘拐事件。その30年後、当時事件を担当していた新聞記者の門田は知人の刑事の訃報をきっかけに、誘拐事件の被害男児が人気の画家になったことを知る。多くの謎を残したまま時効を迎えた事件にけじめをつけるため、門田は関係者への再調査を開始。日本各地を回り、地道な取材を続ける中、たびたび耳にしたのはある写実画家の名前だった――。
しおた・たけし●1979年、兵庫県生まれ。神戸新聞社在職中の2011年、『盤上のアルファ』でデビュー。『罪の声』で山田風太郎賞受賞、「『週刊文春』ミステリーベスト10 2016」国内部門第1位、2017年本屋大賞3位に。『歪んだ波紋』で吉川英治文学新人賞受賞。著書に『騙し絵の牙』『デルタの羊』など多数。
- 塩田武士
朝日新聞出版 2090円(税込)
写真=首藤幹夫
編集部寸評
折り重なる問いが導き出すクライマックス
「ちゃんとした理由なんてないんだよ。どっちで暮らすかなんか」。渦中の人物がこぼす一言が胸に突き刺さる。冒頭から二児同時誘拐という衝撃展開。しかし類を見ない事件は時効を迎え、バトンは定年間近の新聞記者・門田に渡される。彼は同僚から社業の怠慢を指摘されながら、用済みの事件を追いかける中で他者を鏡とし、何度も自問する。「俺はなにがしたい?」。やがてその問いは、写実を追い求めた画家の真相を浮き彫りにしてゆく。存在のすべてをかけた覚悟と、その周縁の物語。
川戸崇央 本誌編集長。作中の移ろう風景描写には儚げな旅愁が漂う。作中に登場する『月と六ペンス』(サマセット・モーム)も是非読んでみたいと思います。
質感なき時代にたしかな手触り
〈質感なき時代に「実」を見つめる〉という紹介文にたじろぎながら読み始める。あやふやに生きている私のような者が読んでも怒られないだろうか(?)。しかしこの小説はむしろそのような人間が読むべきで、読んでいる間だけでも「実」に触れられるような体験ができる。画家が、記者が、刑事が、ギャラリストが、それぞれの方法で「実」に触れようと手を伸ばす。その試みは険しく孤独。そんなことをしなくても生きていけるのに、なぜ? その答を本作は全力で私たちに問いかける。
西條弓子 生きているだけで疲れる夏が終わり、過ごしやすい秋になると、なぜか不安になってきて、生きているだけでつらい冬を待ちわびてしまいます。
生きてる重みと凄み
30年前に発生し、時効を迎えた二児同時誘拐事件。新聞記者・門田により徐々に真実が明らかになっていくにつれ、取り巻く人たちの30年間の思いや生き方も複雑に重なり合っていく。音楽と絵に囲まれた青春の一コマが繊細に描かれ、写実画を描くことで「質感なき時代に実を見つめる」大切さが説かれる。緊迫感のある展開ながらも、一つ一つの情景やセリフが圧倒的に美しい。「『生きている』という重み、そして『生きてきた』という凄み」を、確かに感じられる結末に胸が熱くなった。
久保田朝子 夏がまだ続いているのではないだろうか……と錯覚するこの暑さ。10月中旬になっても、半そでの服を購入している自分にビックリしました。
点と点が繋がった先にあるもの
始まりは二つの誘拐事件だった。横浜から始まった事件が福岡、滋賀、北海道と全国各地に広がり、自分も登場人物たちの証言をメモに取りながら、主人公と一緒に事件を紐解いていくような気持ちになった。464ページのなかにちりばめられた情報は、まるで点描のようだ。一つ一つ異なる点を打って重ねていくことで、やがて最後は一つの絵になる。「今、何が知りたくて取材してるの?」という問いに悩む門田は、最後に何を見たのか。さまざまな愛の形に触れることができた一作。
細田まりえ 実は学芸員の資格を持っています。作中の展示替え、作品保管の描写に、学芸員実習をさせていただいた美術館での日々を思い出しました。
「何でブンヤやってるの?」
平成3年に起きた「神奈川二児同時誘拐事件」。30年後、事件の真相を探るため再取材を重ねる新聞記者・門田のある言葉が忘れられない。真相を目前に「なぜ書くんですか?」と問われ、彼はこう答える。「私はきちんと人間を書きたい。(中略)私はこう思うんです。人には事情がある、と」。事実を手繰り寄せながら、“真実”へと迫る門田の姿を通して、新聞記者の役割とは何か、ジャーナリズムの神髄とは何か考えずにはいられない。一気読み必至。心震える結末をぜひ味わってほしい。
前田 萌 ペンギンが好きです。最近、ペンギンが描かれたお気に入りのポストカードを壁に貼りました。目に入るたびに癒やされます。もっと貼ろうかな……。
真実を突き詰めた者だけが見られる結末
前代未聞の「二児同時誘拐」として世間に大きく取り上げられた誘拐事件。表面上では色んな憶測が飛びかいながらも、その事件の真相は闇に包まれていた。時効を過ぎても「真実」を求め続ける人たちの様々な有り様が胸に迫る。当時から事件を追い続けていた新聞記者や現場にいた警察。そして、誘拐事件に巻き込まれた男児の学生時代の友人。世間からは忘れさられても、その事件の解決に生涯をかけた人たちがそこにいる。それぞれの目線からたどり着く真相をぜひ刮目してほしい。
笹渕りり子 担当している『20代の失敗酒場』の編集後記を本誌公式noteで書き始めました。取材時の楽し気な空気感が伝わるよう、文章力をあげていきたい。
事実の積み重ねで浮かび上がる真実に感涙
物語は前代未聞の「二児同時誘拐事件」発生から始まる。一刻を争う緊迫した描写に一気に引き込まれる。未解決に終わったこの事件について、新聞記者・門田の視点で事件の真相=犯人を追うつもりで読み進めるが、次第に印象が変わってくる。事実が明らかになるにつれ、自分とは遠いところで起きている過去の誘拐事件ではなく、人間の物語になっていくのだ。なぜ書くのかと問われ続けた門田の言葉が刺さる。「私は人間を書きます」。最後に明らかになる真実に、思わず涙が込み上げる。
三条 凪 肩凝りがひどいので鍼灸院に行ってみました。思っていたより刺される鍼の本数が多くて戦々恐々。針山になった気分。身体はかなり楽になりました!
丁寧で優しく眩しい
日々のわずかな一瞬を切り取ってありのままの形で残す、写実画という芸術。写真とはまた違う形で、自分が見た真実を描くことが、どれだけ難しく愛を必要とする行為か。そして、その一方で、記者による“取材”という、真実を映し出すまた別の誠実な行為も本作では描かれる。手軽に情報を保管・共有できる時代に、丁寧に時間と愛を注ぎ、真実を映すことの意義を語る一冊。それだけではなく、本作の魅力はその映し出された“真実”自体の眩しさにもある。本当に美しい小説だった。
重松実歩 ライスペーパーにドハマり。もちもちの食感がたまらず、生春巻にしたりすることもなく、単体で食べています。マヨネーズ×ポン酢がおすすめです。
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