よしながふみ「ようやくラブを描いていると実感できた」『きのう何食べた?』の経年変化が物語に与えたもの【インタビュー】

マンガ

更新日:2024/1/17

経年変化が物語にもたらしたもの

――先生は以前、「『何食べ』は、恋愛感情が全部なくなってしまったあとの、家族として生きていく話を描きたかった」とお話しされていました。

よしなが:そもそも私はボーイミーツガールが描けなかったんですよね。一目惚れって感覚がわからないので、全く体験してないのを描くのは難しいなと。また、昔から向田邦子さんや山田太一さんの家族もののドラマが好きで、恋愛以外の結びつきを描きたいなぁって。

 それでBLというジャンルを選んだんですが、BLも結局ラブを描かなきゃいけないのが大変でした。第5、6巻を描いていた頃は、もしかしたらここで畳むかもと思っていました。

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 でも、初めてケンジを親に会わせる話(第7巻 第50話)のあたりで、ふと相手に愛情を感じるような状態のラブが描けるようになったんです。会った瞬間にときめいたわけじゃないけど、ずっと長く暮らしていて、すごく自分のこと大切にしてくれているって思った時にきゅんとくるみたいな。
そういうラブなら描けるんだなって、自分でも面白いなと感じました。だから、今になってようやく、BLを描いている実感、2人のラブを描いている実感があります。

きのう何食べた?

――2人の関係で言うと、最新刊(第22巻)の結婚式でのスピーチで、シロさんがケンジについて言及したシーンが印象的でした。

よしなが:結婚式会場にシロさんの知り合いがいないというのは大きいと思うんですけど、今のシロさんはもう多分、ケンジのことを聞かれたら言うスタンスではいると思います。

 今までは個人情報はなるべく言わずに済んだけど、歳を取って手助けしてもらう局面が増えると、例えばこの先、職場で倒れたときの緊急連絡先として、ケンジのことを誰かに言う必要がある。そういうことも考えなきゃいけないんですよね。

きのう何食べた?

きのう何食べた?

きのう何食べた?

きのう何食べた?

――連載当初と比べ、「LGBTQ」という言葉が浸透したり、同性婚が議論に上がったりなど、社会の変化が伺えます。その変化が『何食べ』に与えた影響はありますか?

よしなが:それはあると思います。シロさん自身の成長とは関係あるかもしれないです。でも、ケンジは良いところも悪いところも基本的にあんまり変わってない。成長して倹約家になったりはしない(笑)。

 シロさんは最初の頃、外見がゲイに見えないだけじゃなくて、心の中も男が好きだっていうところ以外は、男の人として生きてきて特段窮屈な部分はないタイプで。シロさんって、女の人に対してすごく冷たいんですよ。平気で「オバハン」って心の中で言っているし、他のマイノリティに対しての細やかな配慮もない普通のおじさんなんです。でもそこはLGBTだけじゃなく、いろんなことに対して時代が進んで、今はオバハンとは言わないし、佳代子さんの娘・ミチルに対しても最初は失礼だと感じていたけど、今は変わっていると思います。

 佳代子さんたちも、時代の流れだけではなく、最初は「この人ゲイだ!」って物珍しさもあったけど、今は全員「個」としてのシロさんしか見てないんですよね。血液型ぐらいの情報として「ゲイ」だって思っている状態。

 それまでのシロさんは、両親と彼氏しかいない世界だったので、佳代子さんや、小日向さんとジルベールのような友達の存在は大きいんですよ。友達がいると、自分以外の人たちの暮らしがあって、一生懸命生きていることを知ることができるんですよね。それは思いやりとも関係してくる。

 事務所の所長になったことも、成長に一役買っていると思います。給与を出す立場になってから、事務員さんとその家族、自分が関わった人には少しでも幸せでいてほしいという素朴な感覚が出てきたのかなと。お金を稼ぐためのものとしか思ってなかった仕事が、精神的に自分を支えてくれるものになったんですよね。いろんなつっかえ棒が自分の人生を支えてくれているんだと、歳を取ってより実感したんだと思います。

――当初5、6巻で終わることを考えていたそうですが、今はどのような畳み方をイメージされていますか?

よしなが:『何食べ』は他の作品と違ってすごく劇的な終わりじゃない。スライス・オブ・ライフ、この先も続いていくんでしょうね、みたいな感じできっと終わるんだろうなと。

――個人的に、『何食べ』は献立の参考にする作品から、“転ばぬ先の杖”のような、人生の予習をする作品になりました。

よしなが:そう言っていただいて恐縮です。でも、私もそうかもしれません。お墓を購入した話や、実家に手すりがついていた話など、周りから聞いたエピソードを参考にしているんですが、描いていてこれから起こる出来事を予習できるというか。

 エピソードのひとつひとつは平凡なことですが、私はそれを物語として描けている幸せを感じます。大変なことでも、漫画にすると楽しいことになるんですよね。五十肩のエピソード(第165話)を描いた時は、五十肩になった人から「嬉しいです!」「私もなりました!」って言われました。

 人間は生きているだけでドラマチック。単にご飯を食べているだけの漫画を描こうと思っていたけど、平凡な人生って、この世にひとつもないんだなって、作品を通して気づきました。

きのう何食べた?

きのう何食べた?

きのう何食べた?

漫画家・よしながふみの今までとこれから

――来年新たな連載をスタートするそうですが、長く漫画家生活を継続する上で大事にしていることを教えてください。

よしなが:完璧を目指さないことですね。完璧を目指さないというのは、諦めるということではなくて。

 漫画家になる方って絵が好きな方が多いので、作画をすごく頑張るんですよね。だからもうちょっと手元に置いて完璧に仕上げたいって気持ちになるんですが、どんなにちゃんと仕上げても、その絵を1年後に見たら絶対「もっとうまく描けたな」と思うんです。そう考えると「完璧」というのは存在しないので、ささっと手放してしまう方がいいんです。

 私はもともと自分の絵がそんなに好きじゃないので、雑誌に載せられるクオリティに到達したらすぐ提出してしまうんですが、手元に置いておきたい気持ちもわかります。と言うのも、ネームはネチネチ直しちゃうんですよね。セリフの「てにをは」や、最後に「……」を入れるかどうかなど、校了後も修正したくなっちゃいます。

 キャパシティを超えないことも大切です。仕事をいただくと、めっちゃ嬉しいですよね。だから引き受けちゃうんです。「今は忙しくて」って伝えても、「じゃあ、来年6月はどうですか?」と言われると、来年なら無限に時間があるような気がして引き受けてしまう。けれど、時間は無限じゃないし、来年は別の仕事をやっていたりするんですよね。

 断るなら、依頼が来た瞬間に断るのがいいと思います。そうすれば相手も他の人を探せるのでダメージがないですが、もし引き受けたあとに落としたり、クオリティの低いものを出したりしたら、自分も相手も大ダメージをくらうので。

 特に新人さんは断ったら、もう仕事がこないんじゃないかと不安になるかもしれません。けれど、必ずまたチャンスは来ます。良い仕事を積み重ねていたら、もう1回絶対にチャンスは来るので、大丈夫です。

――新連載以外に、現在構想中の作品はありますか?

よしなが:新連載は芸能界を舞台にした作品なんですが、それで大きなやりたかったことが一段落します。もちろん、その間に描きたいものが出てきたら別ですが、今まさに私自身が、仕事をどう仕舞っていくか考える歳になってきたんだなと。

 ずっと昔から「老後」が人生のテーマなので、楽しく老後を送りたいんです。その楽しいことの中に仕事は入れたくない。でも同人活動で、遊びとして描くことはぜひやりたいなと思っています。

――同人誌を描くことと、商業誌で描くことには、どういった違いを感じますか?

よしなが:どちらが作品として優れているかという話ではなく、同人誌は自分が面白いと思っているだけで成立するけれど、商業誌は目の前の担当編集さんに面白いと思ってもらえるのが全てです。編集者が面白いといった時は、単に個人の感想だけでなく商品になるという意味だと私は思っているので。

 ただ、同人誌は趣味で、すごく楽しいですけど、『大奥』みたいな作品は絶対描き上げられないです。商業誌だと、違う景色を見せてもらう楽しみがあります。例えば『環と周』の第2話は明治時代の話なんですが、明治を舞台にすることは全然考えてなかったんですよね。けれど、担当編集の方が往年の少女漫画が好きで。「女学生が見たいです!」と強くリクエストされたので、描くことにしました。明治時代については朝ドラの『花子とアン』くらいしか知識がなかったので、ゼロから調べて描いたんですが、すごく楽しくて。編集さんは輪廻転生の年表をすごく考えて作るなどサポートしてくれました。

 そんな風に商業誌では担当さんに負荷をかけてもらい、頑張って描き上げたからこそ辿り着ける場所があるし、新しい景色が見られる楽しさがあると思います。

――新連載はもちろん、シロさんとケンジの経年変化の物語も引き続き楽しみにしています。

よしなが:実は中年よりもっと好きなのはお年寄りなんですよね。初恋の人が笠智衆さんで、写真集も持っているくらい大好きで。だから、どこかでやりたいなと思っていたんですけど、いや、待てよと。来年シロさんは60歳で、このままいけば別立てじゃなくて、そのままま老人ものにスライドできるぞって気づいたんですよね。

『何食べ』は思いがけず長い付き合いになって、終わるとなったら、ただひたすら寂しいんだろうなと思います。でも、私自身この作品をどこまで描けるかが楽しみなので、良かったらこれからも、もう少しお付き合いいただけたら嬉しいです。

取材=篠原舞ネゴト)、金沢俊吾 文=篠原舞ネゴト