「笑い」にすべてを賭けた男を描く『笑いのカイブツ』が映画化。1日2,000個のネタを番組に投稿した貪欲さと狂気
更新日:2024/2/7

今まで何度も口にしてきた「本気を出す」という言葉。遊び、勉強、仕事、色々な場面で自分なりの本気を出してきたが、『笑いのカイブツ』(ツチヤタカユキ/文藝春秋)を読了したとき、僕とはまったく異なる次元で本気を出していた人がいることを知った。本書は、「笑い」に人生をささげてきた著者・ツチヤタカユキ氏のヒューマンストーリーである。
きっと多くの人が、一度は何かの魅力に引き込まれたことがあるはず。学校の部活動などはまさにそうだ。とりあえず入部したという人もいると思うが、多くの場合はその部活の魅力に惹かれて「やってみたい」「できるようになりたい」という感情が湧き、いつしか「勝ちたい」「もっと上を目指したい」へと変わっていく。著者のツチヤ氏にとって「笑い」がそれだったのだ。彼は中学生の頃、NHKで放送されていた番組「ケータイ大喜利」をきっかけに魅力を感じ、どんどん「笑い」の世界へとのめり込んでいく。のめり込み方は、控えめに言っても常軌を逸していたといっても過言ではない。朝から晩まで机にかじりつき、今日食べたものや風呂に入ったこと、寝ることさえも忘れてしまうほどボケを考える日々。21歳の頃には1日2,000個ものネタを書き留めては、番組に投稿していたという。それだけ彼の心に響くものが「笑い」にあったのだろうが、ここまでの何かに没頭した経験がある人は多くないだろう。
一方、「笑い」にだけ心血を注いできたことへの代償は少なからずあった。作中では、仕事上の人間関係や恋において、挫折を繰り返し、彼から「笑い」を生む場が取り上げられる。ただ「笑い」にすべてを賭け、「笑い=人生そのもの」だった彼にとっては地獄でしかない。生きている心地などしなかっただろう。実際に彼は「生きていてもいいと確認できる手段は、自分が起こす笑い声だけ」と語っており、何度も死の選択に迫られている。だからこそというべきか。彼はどんな窮地に立たされても貪欲に、かつストイックに「笑い」に向き合い続けていく。どれだけ敵を作ろうと、誰に何を言われようと、「笑い」こそすべてだと信じていたのだ。
彼が証明してきた「笑い」に対する本気は、とてもじゃないが真似できるものではないだろう。きっと多くの人が心と体を壊してしまう。しかし彼の生きる力と、逆境を力に変えて紡いできた人生の軌跡は、「このままでいいのか」と生き方に悩む人、人生に退屈さを感じている人、絶望を感じて何もできずにいる人に勇気を与えてくれるに違いない。作中の言葉一つひとつも、きれいに飾られていないところがリアルで良い。きっとあっという間に彼が作り出す本気の世界に引き込まれていくはずだ。
本作は2024年1月5日に映画が公開予定だ。きっと本書を読んで彼の心の叫びを受け止めてから映画を観たほうがよりリアルを感じられるだろう。
文=トヤカン
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