ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、千早茜『グリフィスの傷』

今月のプラチナ本

公開日:2024/7/5

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2024年8月号からの転載です。

『グリフィスの傷』

●あらすじ●

「みんな、皮膚の下に流れている赤を忘れて暮らしている」。(「竜舌蘭」)
恋人と初めての夜を過ごしたあとシーツに残された血痕に(「結露」)、事故により切断され、無事に接合された後も違和感を覚える指先(「指の記憶」)。年齢も性別も異なる登場人物たちのからだには、十人十色の「傷」が刻まれている。表題作のほか9作からなる、「傷」を巡る短編小説集。

ちはや・あかね●1979年、北海道生まれ。2008年『魚神』で小説すばる新人賞を受賞し、デビュー。翌年、同作にて泉鏡花文学賞を受賞。13年『あとかた』で島清恋愛文学賞、21年『透明な夜の香り』で渡辺淳一文学賞、23年『しろがねの葉』で直木賞を受賞。『赤い月の香り』『マリエ』など著書多数。

『グリフィスの傷』書影

千早茜
集英社 1760円(税込)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

人は傷つき、人を傷つける

「竜舌蘭」の主人公と同じく、自分の傷痕に触れると妙に落ち着く。まさに記憶装置で、当時の痛みを思い出すからだ。身体よりも、心に刻まれた傷は癒えにくいだろう。人生を歩む過程で、誰しもが多少なりとも“きずもの”になる。そこに優劣はないはずなのに、「人は驚くほど、人の痛みに無自覚なのだ」。だから他人に深い傷痕を遺してしまうこともある。それは肝に銘じなくてはならない。グロテスクで美しい、様々な「傷」を鮮烈に表した本書によって、忘れかけていた過去の傷が疼いた。

似田貝大介 本誌編集長。記憶装置といえば怪談も同様。ホラー特集は旬な作家が勢揃い。傷ついても立ち上がるヒーローたちが熱い『ヒロアカ』特集も必見。

 

「君は遺したい?」

「どんなに美しい傷痕もからだの持ち主が死ねば焼かれて、遺らない。君は遺したい?」傷痕を描き続ける画家の問いかけに、傷痕をもった女性は頷く。私もそう訊かれたら頷くだろう。傷の記憶など忘れて前を向いたほうが楽なのかもしれないが、それでは痛かった気持ちはどこへいく。誰かが覚えていてくれるのだろうか。そうやって当事者が傷に囚われてしまわないために、傷の記録は重要なものだ。本作は小説であると同時に、あらゆる傷の、そして回復の記録でもあるように思う。

西條弓子 やさしい気持ちと、なにげない毎日の幸せを思い出させてくれるマンガ『やさしいおおかみウルフくん』が6月に発売。79ページからの試し読みをぜひ!

 

語られる傷の物語

自分の体でも、他人の体でも、傷痕というのはできるだけ目に入れたくないものだと思っていた。つらい記憶や痛みを想像するきっかけは少ないに限る。しかし「からたちの」の画家は、もうふさがった傷を「生き延びたあかし」だと美しさを称える。彼の考え方は私にはなかったもので、驚くと同時に、よく乗り越えてここまで来たねと労わられた想いがした。傷にはそれぞれ物語がある。この本で語られる10の傷、そして現実世界に存在するあらゆる傷の持つヒストリーが気になりはじめる。

三村遼子 『僕のヒーローアカデミア』特集を担当しました。原作の連載はまさに完結目前! 毎週どきどきしながらヒーローたちの行く末を見守っています。

 

傷が傷痕に変わるとき

10編の短編から、ひりつくような傷痕の描写とそれぞれ抱える心の痛みが迫ってくる。傷はつけられるだけではない。自分でつける傷もあるのだ。「あおたん」では、刺青の入ったおっちゃんに憧れ、愛らしいと褒められ続けた容姿に、あえて傷をつける少女が描かれる。「大きくなったら、おっちゃんのように青く美しい傷を纏い、人を威圧できる存在になりたい」と。傷は時として自分を守る鎧にもなる。そして、傷が傷痕に変わるとき、何かが変わる、痛みと希望を感じられる一冊。

久保田朝子 上半期のオススメ特集が多く組まれ、もう今年も半分終わったのか、としんみりした気分。残り半年は、アクティブに活動したいです。

 

私たちは「傷」とともに生きている

負わされたものから負わせたもの、目に見えるものから見えないものまで、本作には様々な「傷」についての十編が収録されている。「慈雨」で描かれるのは、自らの不注意により傷を負わせてしまった記憶をめぐる物語。たとえ傷つけられた本人が忘れていても、どんなに傷痕が薄くなっても、消えない後悔――「哀れだけれど、優しい痛み」に感じる愛と祈り。その愛おしさに、切なくも温かい傷があることを知る。ひとつとして同じものはない。私たちは多様な「傷」を抱えながら生きている。

前田 萌 冷奴にハマっています。お醤油でシンプルに食べるのも、アレンジして食べるのも美味しい。お酒のおともにも最適で、暑い夏の定番になりそうです。

 

その傷の下に隠された真実とは

“傷”と聞くと痛みを連想し、ついネガティブなイメージを広げてしまう。しかし、本作で描かれる人々にとって、それぞれの傷への想いは前述のような単純なものにとどまらない。「竜舌蘭」では、クラスメイト全員から無視をされていた「私」だが、ある傷をきっかけにその状況が一変する。目に見える他人の傷に対して、周りは勝手に物語をつけていく。その一方で、それぞれの身体についた傷の下に隠されている本当の想いとはなんなのか。傷を抱えた人々の想いを丁寧に紐解いていく一作。

笹渕りり子 最近のブームはそうめん。子供の時は物足りなく感じたが、今ではさっぱり感が丁度いい! 余裕がない日もさっと食べれるので重宝してます。

 

自分だけが持つ傷の記憶

「傷」をめぐる短編10本が収められた本作。傷ついた人、傷つけた人、様々な視点で語られる傷に纏わるエピソードからは、たとえ物理的には傷が塞がっていたとしても、根強く残る記憶や感情が伝わってくる。当事者は、良くも悪くも、その傷と生きていくことになるのだと気付かされる。肉体的な傷つきもそうだし、心の傷もそう。「人は人の痛みに気づかないから。血が噴きだすまでは」の言葉に胸が痛むのは、私にも傷があるからだと思い至る。この物語の中に、いつかの自分を見た。

三条 凪 ホラー特集を担当。特集の作業をしていた夜、オフィスに鳩の鳴き声が響き渡る怪現象が起きました。もちろんオフィス内に鳩はいません。なんで鳩……。

 

こちらを見るその傷痕に

先日、捻挫のため足首のエコー検査を受けた。「この細かい靭帯の傷は昔の怪我のものです」という言葉に、私が忘れてしまった痛みをからだは覚えていると気づく。傷を負ったときの身体的痛み自体は記憶から去ったとしても、どの傷も“傷痕”として形を変え、からだに残っていくという事実に、生き物の静かな強さとどことない残酷さを感じる。傷痕は語る、からだの持ち主がその痛みを思い出せなくなったとしても、決して失うことはないのだと。思わず自分の足首の傷と傷痕を見つめる。

重松実歩 ホラー特集からトロイカ学習帳まで、コワイとカワイイが満載です。この一カ月間、毎週怪我をし続けたのですが、ホラー特集とは関係ないですよね?

 

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