『北斗の拳』『花の慶次』の原哲夫がマッチョな超絶バトルを封印! 若き日の織田信長の活躍を描く痛快成長譚『いくさの子-織田三郎信長伝-』
PR 公開日:2024/7/22

かつて“三英傑”と呼ばれる戦国武将がいた。徳川家康、豊臣秀吉、そして織田信長である。そのなかでも、戦いに強くそしてひときわドラマチックな人生を送ったであろう信長は、映画やドラマ、小説、マンガなどに取り上げられることが多い。“天下布武”を掲げ、“第六天魔王”と名乗り、日本の覇権を握ろうとした彼がどのように生き、そして死んでいったのか、ざっくりとはいえ多くの人が知っている。
そんな数多ある信長を描いた物語のなかでも異彩を放つのが、12年にわたって連載された『いくさの子 -織田三郎信長伝-』(原哲夫、熊谷雄太:漫画、北原星望:原作/コアミックス)である。『北斗の拳』『花の慶次』などで知られる原哲夫先生が、若き日の織田信長を圧倒的なクオリティで描いている。
「うつけ」「傾奇者」そして「明るい」少年期~青年期
物語は、燃えさかる本能寺から始まる。
私たちは本能寺で何があったのかを知っている。それは壮絶な最期、悲劇的というイメージを持つ人もいるだろうが、原先生の信長は燃え広がった炎よりも明るい太陽のような笑顔でその生涯を閉じるのである。もうこの時点で本作が他と異なるアプローチで信長を描いていることがわかるだろう。
その場面から時は遡り、元服前の12歳、吉法師(きっぽうし)と呼ばれていた信長は、織田氏と駿河の今川氏との戦いの渦中にいた。豪放で自由、何物にも縛られない彼は「わんぱく」や「やんちゃ」というには度が過ぎた少年だ。ある日、少数の家臣と祭を見物しに津島へ行ったところ、海賊・髑髏党に攫われてしまう。だが彼は持ち前の胆力と機知を生かして生還してみせる。このような無謀にも思える冒険や、自分ひとりの腕力だけではどうにもならない事態にも絶望せず頭を使い、仲間と共に痛快に打ち破っていくところがこの作品の大きな魅力だ。
吉法師は幼少ながら戦いに勝つために重要なことを知っており、まさに“いくさの子”であった。そのひとつは「腕を伸ばすこと」。素手から刀、刀から槍、槍から弓、そして鉄砲に至る思考が、これからのいくさが遠距離での集団戦へ変わっていくことを予知するかのようだ。また、「自分とともに死ねる兵をどれだけ集められるか」も考え、自然の変化を読める犬丸、鉄砲鍛冶になる銀太といった少年たちを集めて将来の戦力として鍛えていた。さらに、兵法に明るい僧侶・沢彦宗恩(たくげんそうおん)、外国の高度な知識を持った南蛮人・シスコなど、吉法師の周りには続々と精鋭と呼べる部下が集結していく。彼らもキャラが立った魅力的な登場人物たちだ。沢彦はこのような吉法師の才知や本性を隠すべきだという。この信長を「うつけ者」と見せかける戦略は、周囲を、今川氏を油断させるためであった。
元服して名を織田三郎信長とした後もこの戦略は続いた。成人したといってもまだまだ若すぎるからだ。その裏で信長は尾張を背負っていく責任感、武将としての片鱗を見せつつ、元服の披露の場には自分の代わりに猿を出したりもする。これは、うつけのつもりではなく「俺は餓鬼のままでいい、餓鬼がいくさで大人に挑むから面白い」という本気の意思表示であり、『花の慶次』で描かれたキーワード「傾奇者」そのものでもあると感じた(ちなみに本作には幼い前田慶次も登場する)。
そしてついに、息子の能力を認め見守っていた父・信秀が「自由の意味」と「敦盛の舞」を残してこの世を去る。信長は父の死後、信秀の影武者を立て、身内以外には変わらず自身を「うつけ」として油断させておくが、明確に幼年期の終わりを迎えた。彼はシスコの手引きで作った鉄砲、そして大砲を備えた巨大な軍艦を手に入れ、今川方も重要視していた海へ出る。やがて来る“いくさ”に備えるために。
このように、信長が非常に明るく気持ちのいいキャラクターとして描かれており、少年期から苛烈で難しい性格の人物というイメージを覆すのも本作の面白さだろう。
知恵と勇気で戦う少年が「いくさの子」を卒業するまで
連載完結後の原先生のインタビューによれば『いくさの子』は「完全無欠のマッチョを封じるというチャレンジ」であったという。前述の通り本作の信長はまだ「餓鬼」であり、パワーではなく知力で戦っていく少年だ。意外だが『いくさの子』はこれまで原先生が描いてこなかった、少年を主人公にした作品でもある。
なお、本作のクライマックスは「桶狭間の戦い」だ。圧倒的不利と思われていた織田信長が今川義元を倒した有名な合戦である。そしてこの勝利の瞬間から信長が、実は「うつけ」などではなく天下取りの資格がある武将であることを世に示し、「いくさの子」から「いくさ人」になるのである。
とにかく、歴史の云々は置いておいても原先生の圧倒的な画力で描かれる痛快な少年成長譚としてぜひ手に取って楽しんでもらいたい。ただ、「いくさ人」になった大人・信長の活躍も読みたいと思ってしまうのは私だけではないはずだ。
文=古林恭