『青に、ふれる。』作者・鈴木望の新作漫画『アスチルベ~船底の花嫁~』史実を織り交ぜ描く、心揺さぶる大河ロマン×ラブストーリー
PR 更新日:2025/1/20

「私はあの日 我が身を売った――」。そんな衝撃の一言からはじまる『アスチルベ~船底の花嫁~』(双葉社)は、2024年2月に完結を迎えた話題作『青に、ふれる。』の作者・鈴木望氏の新作だ。
戦国時代、世界各地に日本人の奴隷がいた。彼らは戦の混乱に乗じた略奪で故郷からさらわれ、ポルトガル人などの手によって異国の地へ売られた。そんな「日本人奴隷」の史実も織り交ぜつつ、歴史の荒波に翻弄されながら自由を求め、愛を貫いた男女ふたりの物語を描く。

肥前国・島原で暮らす龍(たつ)は、ある日始まった戦により、姉妹同然に育った志野をさらわれてしまう。偶然出会ったポルトガル商人のレオから、さらわれた人たちが異国に売られると聞いた龍。志野を取り戻すために自ら奴隷となり、貿易船へと乗り込む。そこで見たものは、女奴隷たちの過酷な運命だった。
あまり一般的には知られていない歴史の闇。そこに焦点を当てた本作は、単純なロマンスものではない。抗えない理不尽の中で、人々が生き抜こうとする強さや葛藤を描いた物語だ。
主人公の龍は芯が強く、男勝りな性格。また龍神を信仰しており、どんな困難にも屈せず前を向き続ける少女だ。志野を救うため長崎の港に乗り込んだものの、現実の厳しさを突きつけられてしまう。しかし、そこで諦める龍ではない。覚悟を決め、「私を南蛮人に売れ!」と民衆の前に飛び出した彼女を買い取ったのは、ポルトガル商人のレオだった。

長崎港から船に乗り、龍にキリスト教の洗礼を受けさせ、洗礼名を与えるレオ。「身を売ったら名前まで奪われるのか」と抵抗する龍に対し、「お前の頭ん中は自由だ」と、信仰は自由であることを静かに告げる。自分の行動が龍の生き方を変えてしまったと責任を感じるレオは、龍が再び自由の身になれるよう手助けをすると約束し、異国への旅を共に歩み出す。
その一方、貿易船の底で乱雑な扱いに絶望する女たち。その中には、武家の娘でありキリシタンのカタリナがいた。優しい心の持ち主だった彼女も、耐え難い心身への暴力に気持ちを打ち砕かれてしまう。しかし、龍の励ましを受けたカタリナは、傷つきながらも再び立ち上がろうとする。その姿は、踏みにじられながらも戦い続けた歴史上の女性たちを彷彿とさせる。
作中では、「心と魂は自分のもの」というメッセージが繰り返し描かれている。この言葉は登場人物たちだけでなく、本作を手に取るすべての読者に向けられたものだろう。振り返れば、力を持つ者に大切なものを何度も奪われてきた人々の歴史がたくさんある。今この瞬間も、何かを奪われて苦しんでいる人がいるかもしれない。そんな人々に寄り添うかのように、本作は心強く優しいメッセージを送ってくれるのだ。

著者である鈴木氏は、自身のX(旧Twitter)で「アスチルベは、織り物」と表現している。日本人奴隷とポルトガル商人――ふたりの物語はどう進んでいくのか。愛と絆が織り上がっていく様子を、今後も見守りたい。
文=倉本菜生