ダ・ヴィンチ編集部が選んだ「今月のプラチナ本」は、野﨑まど『小説』

今月のプラチナ本

公開日:2025/1/6

今月のプラチナ本

あまたある新刊の中から、ダ・ヴィンチ編集部が厳選に厳選を重ねた一冊をご紹介!
誰が読んでも心にひびくであろう、高クオリティ作を見つけていくこのコーナー。
さあ、ONLY ONEの“輝き”を放つ、今月のプラチナ本は?

 ※本記事は、雑誌『ダ・ヴィンチ』2025年2月号からの転載です。

野﨑まど『小説』

●あらすじ●

小説が唯一の友達だった内海集司は12歳のとき、同じ世界を愛する初めての仲間・外崎真と出会う。小説家が住んでいるというモジャ屋敷に忍び込んだ二人は、そこで出会った髭先生のもとで小説世界を豊かにしていく。だが大人になったある日、外崎が内海に投げかけたある問いをきっかけに少しずつ二人の道は分かれ、内海は小説を“読む”ことの意味にぶつかり――。

のざき・まど●2009年『[映]アムリタ』でメディアワークス文庫賞の最初の受賞者となりデビュー。『know』で第34回日本SF大賞、大学読書人大賞候補、『タイタン』で第42回吉川英治文学新人賞候補に。著書に「バビロン」シリーズなど多数。

『小説』書影

野﨑まど
講談社 2145円(税込)
写真=首藤幹夫
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編集部寸評

 

文字は奇跡。小説は――。

小説とは何か。本作は本好きにとって切実で壮大な命題に挑む。文字は奇跡のツールだ。時空を超え、出来事や思想を我々に伝える。さらに小説は存在しない事象すら描き出す。読者は観たことのない景色を眺め、触れたことのない文化を感じとる。それは魔法。或いは想像力。内海と外崎がモジャ屋敷で物語の海に溺れ、飲み込まれてゆく様相は、本誌読者なら誰もが共鳴し得るだろう。冒頭で「宇宙と人間の昇華体」が小説だと喝破する。すごい。流石に大袈裟だ。そう感じた方は、ご一読あれ。

似田貝大介 本誌編集長。今号のプラチナ本と小川哲特集を併せて読めば、より深く“小説”の愉悦を味わえるでしょう。本年も楽しい本にたくさん出合いたい。

 

小説を読むことで私たちに何が起こっているか

仕事柄、本の感想を人に話す機会は少なくない。それっぽいことを言いながら、実際のところその本を読んで自分に起こっていることを、言語化できている気がしない。小説を読むことで、私たちに一体何が起こっているのか。本作はその命題について、宇宙科学、進化論、数多の文学を参照しながら精緻に突き詰めていく。あまりにも豊かな旅を終え、あまりにも豊かな結論に至り、しばし呆然としてしまう。ああやっぱり、いま自分に起こっていることを、うまく言語化できないのだけれど。

西條弓子 この時期はあらゆる運勢占いを見てしまう。悪い運気と言われてもイヤだが、良い運気と言われて期待値が上がるのもイヤ。ぼちぼちでお願いします。

 

星は小説、人も小説

文芸編集者はみんな内海だと思う。すばらしい文才を持つ外崎に尊敬のまなざしを向けながら、彼のためにいったい何ができるのか、悩み続ける。この小説を読むことで、もしかしたら内海的な人間がとるべき行動のヒントが得られるのではないかと思ったが、そんなことはなかった。書かない者にできるのは、ただひたすらに読むことだけなのだ。当たり前のことかもしれない。でも本作においては文字通り、宇宙規模の説得力がある結論だった。無力感を覚える気持ちがすこしなぐさめられた。

三村遼子 編集部でタイツにまとわりつくスカートをバチバチいわせていたら静電気防止スプレーを貸してもらいました。あまりの効き目に感動して即購入。

 

宇宙にまで導かれる

少年時代から小説に魅了され、小説に捧げてきた内海集司と外崎真の物語。学校を卒業してからも、内海は読み続け、外崎は書き続けることをやめない。2人の物語はどこへ行きつくのだろうと読み進めると、後半気持ち良く裏切られる。思考は宇宙にまで羽ばたいていき、私たち読者もまだ見ぬ場所へと導いてくれる。そこで提示される小説を読む意味に、今まで探していた答えが見つかったような安堵感を覚える。そして、読者の予想を裏切る華麗な嘘こそが、小説の魅力なんだと思う。

久保田朝子 髭先生ならぬ、猫先生が名物先生でした。猫屋敷に住んでいるとのもっぱらの噂で、何度も探検に行った小学校時代の懐かしい記憶が蘇りました。

 

現実を忘れ、小説に没頭する者たちへ

小説を“書く側”ではなく、“読む側”に焦点が当てられている本作。幼い頃から本を読み、物語に没頭してきた内海集司と、彼と出会い、読書の面白さを知った外崎真。小説を通して、かけがえのない繋がりを得た二人だが、時が経ち、彼らの間には“書く側”と“読む側”を隔てる壁ができてしまう。「内海君はさ」「書かないの?」そう尋ねる外崎に、内海は問う――「読むだけじゃ駄目なのか」。 導き出されるその答えに、小説を読むことを愛する者の一人として救われたような心地がする。

前田 萌 ドラマ『半沢直樹』を一気見しました。その面白さについつい夜ふかしを……。初回の放送が2013年だったことに気づき、衝撃を受けました。

 

「毎日生き、毎日読んだ」

この小説の主人公・内海集司の人生を表した一文だ。幼少期から大人になるまで、彼はひたすらに小説を読んだ。その行為自体は何も変わらないはずなのに、純粋に小説が好きだった彼の気持ちは成長するにつれて変化していく。何かを成し遂げなくては、誰かのためにならなければ。「小説をまっすぐに見られなくなっている自分に気づいて一人で泣いた」。この気持ちが痛いほどわかる人にぜひ読んでほしい。本を読むことが好きな私たちを文章で、物語で、全力で肯定してくれる作品だ。

笹渕りり子 大人になると純粋に「好き」という気持ちを持ち続けることの難しさがよくわかる。だからこそ「好き」を諦めない人の凄さもよくよくわかるのだ。

 

なぜ、小説を読むのか

当誌読者には、問われたことのある人も多いのではないだろうか。納得のいく回答が浮かばず、というか、意味を問われること自体が腑に落ちず、私はいつも答えに窮してしまう。その答えが、ここにあった。読者の視点で書かれた小説というのは入れ子構造のようで複雑だが、だからこそ、読むことの意味が鮮明に浮かび上がる。最後のページに描かれているのは紛れもなく自分自身だ。次の小説に進む背中を力いっぱい押してくれる本作。今度小説を読む意味を問われたら、本作を差し出そう。

三条 凪 冒頭の〈おとかでぃじなにえりか〉にも意味が込められているとのこと。装丁の由来になったとかなっていないとか……謎解き好きの血が騒ぎます。

 

「宇宙最高の愉悦」と出合う幸せ

『小説家の作り方』で“執筆者”を描きだした著者が、今回題材に選んだのは“小説”(こちらもすごい一冊なのでぜひ『小説』と一緒に読んでほしい)。私たち文芸編集者の立ち位置にも関わる小説の在り方について、本書は丁寧に、そして凄まじい位置まで思考を飛躍させ解説していく。小説の存在意義が、小説にしかできない表現で描かれるということ。なんて完璧で贅沢なのだろうと読後に思わず溜息がこぼれる。私はこれからも、この美しく満ちた“虚構”に魅了され続ける確信を得る。

重松実歩 小川哲さんもひたすらに小説と向き合われている方。初対談集でも“小説”についての対話がたくさん登場します。特集&プラチナ本と併せてぜひ。

 

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