なぜ、スナックは潰れないのか? ベテラン学者が学術的に論じたら…
公開日:2017/9/29

ある人には懐かしい、ある人には新鮮。“スナック”は、そんな響きをもった言葉だろう。スナックといえば、都築響一氏や玉袋筋太郎氏による秀逸な案内書が知られてきた。このたび満を持して登場したのが、本邦初のスナック学術研究書と謳う『スナック研究序説 日本の夜の公共圏』(谷口功一、スナック研究会/白水社)だ。
スナックは、それこそどんな小さな駅の近くにも、あるいは山あいの「こんなところに?」という場所にさえ存在するもので、スナックを見たことのない日本人は、生涯を座敷牢にでも監禁されていないかぎり、いないといっても差し支えないだろう。(p.7)
それなのに、同じく夜の商売であるキャバクラについての本があふれる一方でスナックについて書かれたものは10冊程度なのだという。なぜスナック本は日の目を見ずにきたのか? そもそもわたしたちにとってのスナックとはなにか? 本書はそんな疑問に、憲法、法律、日本文学や政治思想史などから迫る。
学術書ときいて身構えるなかれ。谷口功一氏による熱意あふれる序章を過ぎると、都築響一氏をまじえた座談会がはじまる。東京と地方ではスナックの色がまったく違う、最も多い店名は“さくら”である…など経験とデータをまじえた軽快な対談にすっかり読者の心持ちはほぐれることだろう。
いざ学術研究が幕を開けると、スナックをスタート地点にして儒者や本居宣長へさかのぼり“通”や“粋”の思想をとらえ直す高山大毅氏の論考が登場する。スナックはひとつの“人情”理解の場であり、共感や受容をベースとしたやわらかな公共圏なのだという。この“公共圏”は、本書を貫く重要なキーワードだ。
本書の内容を大きく分けるならば、思想・文学の中のスナック、法・規制の中のスナック、地域社会の中のスナックという3側面が見いだせるだろう。
思想・文学の中のスナックでは上述した高山氏のほか、2つの論考がある。ひとつはカフェーからスナックへの変遷を通して日本の酒宴文化・酒宴空間を歴史的にひもとく井田太郎氏の論考だ。もうひとつは明治の小説家や思想家たちの文章から“一次会”“二次会”の性質や、そのような会での男女の役割の違いなどを浮き彫りにし、社交のありかたを考え直す河野有理氏の論考である。
法・規制の中のスナックでは、風営法・風適法やスナックの開業・運営にかかわる行政的規制を、伊藤正次氏・亀井源太郎氏・宍戸常寿氏がそれぞれ整理している。彼らによって明らかにされるのは、スナックがさまざまな法体系の網の目の中にあるからこそ、権利や利益が多様に絡み合い、スナックにある種の自由さがもたらされているという事実である。しかし権利・利益の主体の多様さは、ともすれば恣意的な規制強化に転じかねない。スナックひいては日本の“夜遊び”のありかたを問い直す章が続くのである。
地域社会の中のスナックでは、ユニークなアプローチが目を引く。あるスナック跡地を訪れた苅部直氏は、そこが昭和当時の若者たちのたまり場であったことを紹介する。昭和の新聞記事や小説をさかのぼると、スタンド・バーや喫茶店にくらべスナックの個性が薄く、むしろ新規さと多様さゆえにとらえどころのない空間だったことがわかってくる。1つの文化を共有する親密な共同体にくらべ、スナックが当初にまとっていた、どこか無色な存在というイメージが、むしろ「社交」の場としての機能を助けたかもしれない(p.182)という考察は興味深い。そして荒井紀一郎氏は全国の市区町村別にスナック軒数を集計し、色分けした地図を紹介している。全国どこにでも等しく立地していると思われたスナックは実は偏在しており、さまざまな地理的特徴が見いだせるのだという。わたしたちがもつ思い込みをひっくり返されるデータが目白押しのため、ぜひ衝撃を体感していただきたい。また“夜の社交場”と図書館や公民館などの“昼の社交場”との関係にも目が配られている。地域社会の活性化には、さまざまな“社交場”の役割を偏見なしに考察していくことが重要だとわかる。
このように本書では、スナックというやわらかな公共圏の歴史や現状が生き生きと、説得力をもって描かれている。目から鱗の豆知識も豊富なため、次回スナックに訪れるとき雑談のタネに使ってみても楽しいだろう。
文=市村しるこ
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