史上初の夫婦対談!小山宙哉さん&こやまこいこさんインタビュー【後編】
更新日:2017/12/18


累計発行部数1900万部の大ヒット漫画『宇宙兄弟』。その原作者、小山宙哉さん一家のほのぼのとした日常を描いた漫画がSNSで人気を呼んでいます。描いているのはイラストレーターとして活動している奥様のこやまこいこさん。11月17日には、ご自身の体験も加えながら、山椒ファミリーの毎日を描いた初のコミックエッセイ『スキップするように生きていきたい』(KADOKAWA)が発売されました。
今回、コミック発売を記念して小山夫妻による史上初の対談インタビューが実現。後編では、宙哉さんが漫画家デビューしたときの秘話や『宇宙兄弟』最新刊の見どころ、さらには小山家のお子様たちの様子まで、知られざるエピソードをたくさんお伺いしました。

小山宙哉 漫画家。京都府出身。2006年にデビュー。『ハルジャン』『ジジジイ-GGG-』を経て、2007年より『宇宙兄弟』を週刊モーニングで連載開始。『宇宙兄弟』は2012年に実写映画化、2012~2014年にアニメ化を実現したほか、第56回小学館漫画賞一般向け部門、第35回講談社漫画賞一般部門を受賞。
こやまこいこ 漫画家・イラストレーター。京都府出身。代表作に絵本『はーはのはみがき』(教育画劇)、挿絵『ルルと魔法の帽子』(徳間書店)など。レタスクラブと雑貨サイト「scope」でコミックエッセイ『スキップするように生きていきたい』を連載中。さらに、TwitterやInstagramではクスッと笑えるイラスト・漫画を毎日更新中。
二人の出会いは地元・京都の美術学校で
――不躾な質問ですみません。お二人のなれそめをお聞きしてもいいですか?
小山宙哉(以下、宙哉) 高校生のときに画塾で知り合ったんですよ。
こやまこいこ(以下、こいこ) 夫は美術系の高校で、私は別の学校だったんですけど、通っていた画塾で一緒になって。
宙哉 30人くらいいたクラスで、絵を描いたり造形をしたり色んなことを学べる楽しい学校でした。
こいこ うんうん。楽しかった。
――宙哉さんの第一印象はいかがでしたか?
こいこ 見た目の割に繊細な絵を描くんです(笑)。アウトドアがすごい好きそうって感じだったんですけど、デッサンのときにきれいな円錐描いていました。
宙哉 円錐(笑)。鉛筆のデッサンね。
こいこ 見た目とはちょと違うインドアタイプでずーっと部屋の中で絵を描いてる人でした。

――見た目の印象は全然変わっていませんか?
こいこ 今とあまり変わってないです。ビジュアル的なところも、変に落ち着いているところも。
――宙哉さんから見たこいこさんの印象は?
宙哉 画塾では目立ってましたよ。いつもかわいらしい絵を描きますけど、デッサンはすごく力強くて。濃いところはしっかりと濃く描いていて、上手いなと思ってましたね。
こいこ へええ、そうなんや。
――お二人でこういうお話はあまりしませんか?
こいこ しないです。
初めて明かされる小山宙哉デビュー秘話
――宙哉さんは当時から漫画家を目指していたんですか?
宙哉 当時から漫画は描いていたし、なりたいとも思っていましたが、画塾に通っていたのはデザインの専門学校に行くためでした。本格的に漫画家を目指すようになったのは、学校を出てデザイン会社で働き始めてからですね。働きながら、家に帰ると夜中まで漫画を描いてました。
こいこ 社会人だったのは5年くらい?
宙哉 うん、意外と長かった。まあのんびりやってたというか、途中バンドをして遊んでた時期もあったりして、ダラダラと1つの作品を描いてたって感じですけど。

――その後、講談社さんで賞を獲られて、上京されることに。こいこさんは経緯をすべてご存じだったわけですね。
こいこ そうですね。いつも漫画を読ませてもらっていて、良し悪しは全然分からなかったけど、絶対行った方が良いよって話はしてて。
宙哉 一緒に東京まで持ち込みに行ったんですよ。
こいこ 私は東京観光を兼ねてだけど……(笑)。
宙哉 えっ、観光なんてしたっけ?
こいこ しようとしたけどできなかったよね。ギャラリーを巡ろうとしたけど、目的地にたどり着けなかったんです。どこにあるんやろう?みたいな(笑)。
宙哉 ああ。僕は餃子を食べたのを覚えてますね。神保町って中華料理屋さんがいっぱいあるんですけど、そこで羽根つき餃子を食べました。そういうの食べたことなかったから美味しかったなあと。
こいこ 覚えてない……。
――(笑)。宙哉さんは何社に持ち込みされたんですか?
宙哉 小学館さんと講談社さんの2社だけですね。
こいこ 神保町にある外国人やバックパッカー向けの安いホテルがあって、そこに泊まったんですよ。それで夫を待っていたら、最初の持ち込みが上手くいかなかったみたいで。次に行く前に必死で原稿を直してたんですけど、その時の顔が今までに見たことがない表情だったんです。めっちゃ真剣なんやなあって。
宙哉 そりゃ真剣や(笑)。たしかに戻ってきてグッタリしてたよね。
こいこ うん、ダメ出しを言われたって。
――最初に行ったというのは小学館さん?
宙哉 そうです。IKKIさんだったんですけど、セリフの量が多いとか色々と指摘を受けました。まあ全部で86ページあったので、読むのもしんどかったと思います。ただ、言われたのが結構ショックで、風邪をひいたみたいに体がだるくなって。とはいえ次もあるし、その日のうちに直せることといったらセリフ減らすことくらいで。ホテルでできるだけセリフを短くする作業をやってから講談社に持って行きました。今となっては、そのおかげで読みやすくなって拾ってもらえたのかなと思ってるんですけど。

こいこ 小さい机で必死に修正している横顔が印象的でした。
宙哉 講談社さんに持って行ったときは、外で待っていたんだっけ?
こいこ ああ、何してたっけ……。
宙哉 たぶん向かいのロッテリアとかにいたんじゃないかな。それでモーニング編集部の方から賞に出しましょうって受け取ってもらえたので、その報告をして。
こいこ 窓口は佐渡島さん(『宇宙兄弟』の初代編集担当。現在は株式会社コルク代表取締役)じゃなかったの?
宙哉 そのときは別の方だったね。その後で担当としてついてくれたのが佐渡島さん。
――宙哉さんが編集部から戻ってこられたとき、いい顔されてました?
こいこ 覚えてないです(笑)。
――当時の記憶に若干の温度差がありますね……。
こいこ (笑)。でも、ホテルで眺めてた表情はすごく覚えてますよ。そこからが本当に漫画家の人生がスタートしたのかなって、今となっては思います。

――一方、こいこさんは京都にいらしたころに何をされていたんですか?
宙哉 雑貨作りとかをやってたんだよね。
こいこ はい。元々、カバンや小物みたいな雑貨を作って売ってたんですけど、私の商売のやりくりが下手くそだから、もうけが出なくて。気軽に買ってほしかったので値段を上げずに頑張ってたんですけど、長く続けられませんでした。
宙哉 マフラーとかボタンとか小物を作ってたんですよ。フェルト石鹸とかもやってたっけ。お風呂場でごしごし洗ってて、なんか大変そうやなって。
こいこ 洗ってた(笑)。
――今はもうされていらっしゃらないんですか?
こいこ 自宅に物はまだ少し残ってるんですけど……。
宙哉 材料はあるんじゃない?
こいこ 材料はまだいっぱい残ってます。
宙哉 僕、材料の片づけやりました(笑)。今はもう使わないであろうっていう材料が家にいっぱいあるんですよ。糸車みたいな。
こいこ ああいう材料や道具を今は娘たちが使ってます。
宙哉 まあ、使ってもらえるならいいよね。
こどもたちも絵を描くのが好き
――ちなみにお子さんはお二人の作品はご覧になっていらっしゃるんですか?
宙哉 そうですね。どう感じているかは分からないですけど、ちょこちょこと読んでいるみたいです。長女(小学6年生)は僕が漫画を描いていることを知っているけど、次女(小学1年生)はようやく理解してきた感じですね。でもまあ、娘2人とも他の漫画のほうが好きですよ(笑)。
こいこ 私も漫画を読むのが好きなので、一緒に読んだりしてます。

――最近のお気に入りは?
こいこ たくさんあるんですけど、この前、長女が言ってたのは「今の私はマサルさんとアラレちゃんとスポンジ・ボブでできてる」かな。
――(笑)。ギャグがお好きなんですね。ご夫婦で漫画家さんだと、そちら絵を描く方面に目覚めそうな想像をしてしまうんですけど、いかがですか?
宙哉 あんまり関係ないと思うけど、どうなんですかね。
こいこ 長女は絵が好きだって言ってます。私としては絵の道に進んでくれたらアドバイスもできるし良いなあって思うんですけど、それを私から言うと嫌がっちゃうから。
宙哉 今年は夏休みの自由研究テーマが思い浮かばないと言ってたので、前に長女がファッション誌のモデルの人を模写していたのを思い出して、それをたくさん描いてポスターみたいに繋げてみたら?と言ったら黙々とやってましたね。夏休中にはがきサイズの紙に描いた模写が30枚以上になっていて。結構楽しんでくれて今でもやってるから、好きなのは間違いないみたいです。
――すごい。模写なら絵の勉強にもなりますね。
宙哉 そうですね。あと、ファッション誌には色んな服が載っているから、デザインの勉強にもなるかなって。子供たちには色々な将来の可能性があるけど、何をやるにしてもよく観察することはすごく大事ですから、そこから学んでくれたらいいなあって思ってます。
こいこ 私はこういうのを言い過ぎて嫌がられるんですよ(笑)。だから、夫から言ってもらえるとありがたいです。ただ娘は娘で、中学とか高校とか、私たちが思っている以上に将来について色々と考えているみたいです。

――下のお子さんはまだ将来のことは早いですよね。
こいこ 幼稚園の先生になりたいって言ってます(笑)。
宙哉 家から近いから言ってるんだよ。
こいこ そう。でも幼稚園が楽しかったみたいで、そこでお勤めしたいみたい。
気になるお二人の今後の展開は?
――2007年に連載をスタートした『宇宙兄弟』ですが、間もなく10周年を迎えます。宙哉さんはこの10年間をどう振り返りますか?
宙哉 特に節目を感じたことはないですね。『宇宙兄弟』を始めたのはまだ新人の頃でしたけど、10年経っていつの間にか中堅漫画家になったなあって。それくらいの変化は感じてます。でも、今は何年経ったかというよりも、どうやって連載を終わらせるかをずーっと考えてますね。


――物語としてはかなり大詰めを迎えていますね。
宙哉 そうですね。大詰めに来てはいるけど、クライマックスをどう描くかは悩みどころで。何個か用意しているエピソードはあるんですけど、1個ずつ描いていくと話が大きくなっちゃう。まだ数年、さすがに40巻以内には終わると思うんですけど(笑)。
――11月22日に発売された最新32巻では、ヒロインの一人、伊東せりかの帰還エピソードが中心に描かれました。
宙哉 これまで色々なキャラクターが宇宙に行っては帰ってきましたが、「地球に帰還する場面」というのをしっかり丁寧に描いたことがなかったんです。今後、どこかで「帰還」を丁寧に描きたいなと考えたとき、六太たちのラストシーンで描くと蛇足になってしまう可能性もあるので、今回せりかたちが地球に帰るシーンでしっかり描いておこうと決めました。大西卓哉さん(JAXA宇宙飛行士)がブログに書いたISSから地球への帰還の記録を読みまして、かなり参考にしました。宇宙飛行士の方が読んでもリアルに感じていただけるように、どこでどんな体感があるとか、どんな音が聴こえるとか、帰還中の出来事を時系列にできるだけ忠実に描きました。あわせて帰還中の宇宙飛行士の気持ちを、エンターテインメント的にしっかりエピソードと絡めて描いたのが第32巻の見どころになります。


――こいこさんは『スキップするように生きていきたい』を執筆されたばかりですが、次回作の意欲は?
こいこ そうですね。今はまだ構想中ですが、全然違うお話を描けたらいいなと思ってます。
松田紀子(以下、松田) 先日そのアイデアを伺ったんですけど、ちょっとファンタジーっぽい方向でしたね。絶対にいいと思います!
こいこ ありがとうございます! 最初、『スキップするように生きていきたい』が確定してないときに、松田さんから「自分で描けそうな項目を箇条書きしてください」ってアドバイスいただいたことがすごく参考になりました。おかげで私の頭の中がすごく整理されて、自分が何を描きたいのか、描けるのかがよく分かりました。最初に物語の着地点を決めるというか、こういう風にお話が終わるというのを決めるという物語の作り方もすごく自分に合っていたので、めちゃくちゃ感謝しています。

松田 そう言っていただけて嬉しいです。漫画家さんって描いているうちに、あれもこれも描きたくなって盛り込みすぎちゃった結果、最終的にとっ散らかっちゃうケースがあるんです。でも、今描くべきはこれだけでいいんだって集中できると、とてもやりやすくなるんですね。こいこさんはすごく描きたいものがいっぱいあって、泣く泣く単行本に収録するものを決めさせていただきました。本当は250ページくらい描ける勢いでしたから(笑)。
こいこ いえいえ、あれはいただいたシートに描きたい項目を全部埋めなくちゃいけないと勘違いしてて、頑張って埋めた結果です(笑)。でもおかげで色々なアイデアがあることに気付けたので、それらをベースに次の作品を描けるように頑張ります!
取材・文=小松良介 写真=花村謙太朗