そのしつけ、愛犬を不幸にしているかも……常識にしばられない、犬と人のためになる暮らし方
公開日:2018/1/31

犬を飼う時、「ちゃんとしつけをしなくちゃ」と意気込む方も多いだろう。吠える、噛む、散歩の時にリードを引っ張る……すべて「やめさせて」、飼い主をリーダーだと思わせなくては! そしてそれが、階級や序列を重んじる犬にとって幸せなのだ……!! と。
私はずっと、そう思っていた。けれど『しつけの常識にしばられない 犬とのよりそイズム』(中西典子/緑書房)によると、その「常識」は「ヘン」なのだという。
「ヘン」だと考える理由の一つに、犬の祖先であるオオカミの群れの「真実」がある。
オオカミの社会と言えば、強いリーダーがいて、それに他のメンバーが従うというイメージがあるが、実は厳格な序列があるわけではなく、家族のような集団だという。つまり、力で支配する絶対的リーダーはいないのだ。
そうなると、「オオカミの習性を持つ犬にとって、飼い主はご主人様でなくてはならない」というのは、本当に正しい考え方なのか。
犬は犬らしく――犬の習性を人間の生活に合わせて無理やり矯正することなく――一緒に暮らすパートナーだと考えるべきではないか。
本書は、今まで2000頭の犬たちと接してきたドッグトレーナーが、「『ヘン』に気づいて、研究した結果」本当に犬と人のためになる「犬との暮らし方」を書いた一冊だ。
著者の中西典子さんが提唱する「よりそイズム」の原則は3つ。
(1)社会、他人に迷惑をかけない
(2)飼い主、本犬に危険が及ばない
(3)お互いハッピーなら、「お願い」しよう!
周りに迷惑をかけないで、危険ではないなら、できるだけありのままで生きられるようにしてやりたい。犬はお願いしたらやってくれる動物なので、人だけがハッピーになるのではなく、お互いハッピーになれるなら「○○してほしい」とお願いしよう。
というものだ。
犬は吠える生き物であり、無駄に吠えているわけではなく、吠えるに到った「感情」(興奮、怖い、不安など)があるから吠えているだけなのに、「吠える犬はしつけができていないダメな犬」とレッテルを貼るのは、人間の勝手な都合なのである。
例えば、「甘噛みはやめさせなければいけない」。
私も犬を飼っているのだが、これは結構悩んだしつけの一つ。
なぜなら、「子犬の内に甘噛みをやめさせないと、大人になっても噛み癖がつく」と何かのしつけ本で読んだから。けれど、噛まれた時に大きな声を出したり、噛むのをやめさせる苦いスプレーなどを使用したりしたが甘噛みは直らず。「なんか、本人(犬)も楽しそうだからいいか……」と不安ながらも放置していた。
5歳になった現在。すっかり落ち着いて甘噛みはなくなったし、ましてや「噛み癖」なんかもない。
中西さんいわく、「甘噛み=あなたが好き! 遊ぼう!」というメッセージだそう。それに対して「ダメ!」と言われては、犬としても「なんで?」という気持ちになるはずだ。
ただし、痛いほど噛まれるのはつらいので、加減を覚えさせるのは大切。噛まれて痛かった時は、「ダメ!」ではなく、「痛い!」と伝えるのがいいそう。
(「遊ぼう!」とコミュニケーションをとってきた犬に、「ダメ!」は会話が成立していないが、「痛い!」なら犬も理解できるから)。
ただし、しつけのための演技の「痛い!」は犬にも伝わり、さらに犬が興奮する可能性があるそうなので、基本的に甘噛みは我慢。本当に痛かった時に、「本気で言えば」必ず子犬に伝わるはずだとか。
「引っ張りっこは必ず飼い主が勝たなければ、犬は飼い主を下に見るようになる」という考え方には「引っ張りっこの目的はお互い楽しむこと。上下関係を築くことではない」。ただの遊びに「勝ち負け」はないのだ。
さらに「散歩のとき、犬を好きに歩かせてはいけない。犬は飼い主より前を歩くと自分が上だと思ってしまう」という説。犬や周囲の人の安全面を考えると、縦横無尽に犬を散歩させるのは問題があるが、上下関係うんぬんを持ち出すのは「ヘン」な常識だという。犬が前を歩きたがるのは、「ただ前に行きたいだけ」という実にシンプルな理由のようだ。
目からウロコの「犬との暮らし本」。盲目的に常識を信じるのではなく、愛犬のために本当に犬にとって幸せな生活とはなんなのか、考える時間があってもいいだろう。
ちなみに、我が家の愛犬は散歩では前を歩くし、呼んでも来ないし、すぐ抱っこを要求するし、飼い主への「絶対服従感」は皆無で、お姫様のような存在になっている。「ちゃんとしつけられたワンちゃんからしたら、ダメ犬なんだろうなぁ~」と思っていたけれど、本書を読んで「それでこの子も幸せなのか」と飼い主としても、ちょっと安心できました。
文=雨野裾