絶妙なユルさに思わずクスリ。劇作家、宮沢章夫の綴るやさしい世界に浸る
公開日:2018/2/27

劇作家の宮沢章夫氏をご存じの方は多いことだろう。氏の活躍の舞台は演劇のみならず、演出家、作家、遊園地再生事業主宰など幅広い。そんな宮沢氏のエッセイ集、『長くなるのでまたにする。(幻冬舎文庫)』(宮沢章夫/幻冬舎)を本稿ではご紹介したい。
本書は「1章、2章…」のような感覚で、「ルート1、ルート2…」という形で進んでいき、各ルートには3または4編のエッセイが収められている。
私が特に好きだった「ルート7」は、まず「エスプレッソマシンを買いたくてYouTubeでエスプレッソマシンの動画を見ているうちに、YouTubeでエスプレッソマシンの映像を視聴することに快感を覚えてしまい、いつまでたってもエスプレッソマシンを買えないでいる友人の話」から始まる。その次にくるのは、「いかに“台車”という道具が優れており有り難いものであるか」というテーマの熱弁。この「台車」のエッセイは、実に“宮沢節”が効いているというか、何とも素敵なエッセイであると感じた。
「台車」 この奥床しい響き。
なんでもないような言葉でありながら、たいへんな便利を与えてくれる。いいなあ、台車。台車のことについて、台車愛好家たちと、夜を徹して話し合いたいのだ。誰かが、「俺、冷蔵庫を運んだんだぜ」と言うのだ。そして、「冷蔵庫を? あんな重いものを?」とまた誰か。 「運んださ。玄関から台所まで運んださ」 いつまでたっても話は尽きない。 (71~75ページ。ルート7―2:生活―「台車」。一部抜粋)
しばしば、人は不便なものに対しては「不便だ」と苦言を呈するが、便利なものをつい見逃してしまう傾向にあり、それというのも「便利」にあぐらをかくからだ。と、著者はこのエッセイの冒頭で述べている。実際、私も「台車」には時々お世話になっておりながら、その有り難さを顧みることをしてこなかった。要は、痛い所を突かれたのである。そして、台車という存在がなんだか愛おしく思えてきた。気付かぬうちに、宮沢氏が織りなす「やさしい世界」に迷い込んでいくような、そんな心地の良いエッセイであると感じた。
内容のおもしろさもさることながら、全体的な「ユルさ」が実に精巧であるのだ。これは根底の部分が大真面目で、ストイック、そして大きな器を持っていなければ表現できないような「ユルさ」であると感じさせられる。その絶妙なバランスに、著者の表現者としての力が垣間見えた。
読書の効能は実に幅広い。その中のひとつに「癒し」もあるだろう。毎晩寝る前に、1ルートずつ。そんな形で心地良く、宮沢氏の織りなすやさしい迷宮に迷い込むのも素敵なことのように思える。ギスギスした世の中や、ルーティンの毎日に嫌気がさす。そんなあなたにおすすめしたい。
文=K(稲)
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