セーラームーン、マイリトルポニー…ときめく心を捨てた「ぼく」が“生”を取り戻すまで
公開日:2018/11/25

誰でも、心の中になにか「宝物」を持っているのではないだろうか。幼い日に出会ってから生涯自分を支えてくれるようなもの。初めて友達になったぬいぐるみ、打ち込んできたスポーツ、初恋のあの人。けれど、大好きなものを好きでいるだけで切ない思いをしてきた人がいる。
その切なさと喪失、そして再生を描いたのが『ぼくは本当にいるのさ』(少年アヤ/河出書房新社)だ。著者は、故雨宮まみ氏や能町みね子氏らとも親交が深い注目のエッセイストであり、本書は著者がすべてを捨て骨董品屋で働いていた日々のことを描いた「ものがたり、のようなエッセイ、のような」本だ。
主人公の「ぼく」にとっての宝物は「きらめくものを愛する気持ち」だった。セーラームーンの「まぼろしの銀水晶のペンダント」、マイリトルポニーのフィギュア、ボタンノーズの「いちごの夢のおうち」。どれも素敵なものばかりなのに、「ぼく」がそれらにときめいてはダメみたいだ。男の子に生まれたという、たったそれだけで。
傷つくことに疲れきった「ぼく」は、感情もすべて捨て去った「透明人間」になることを願い始める。
それでもたまに、空っぽになった胸のはしっこがうずくことがある。捨て去った痛みが亡霊となって、ふたたびぼくのなかへ潜り込もうとしているみたいに。しかし、感覚さえも捨てたぼくは、それを正確に感知することはできない。やがて痛みのやつは諦めて、ぼくの胸から出ていく。何度も何度も、かなしげにこちらを振り返りながら。
迷いを振り切って透明になろうと決めた「ぼく」が気に掛けたのは愛するおもちゃたちのことだった。消えゆく自分の道連れにするのはしのびなく、せめて誰かに引き取ってもらおうとしたのだ。
訪れた骨董品屋で、「ぼく」はとっておきの宝物「レディリンのオルゴール宝石箱」を取り出す。すべてを値踏みするかのような場の空気に「ぼく」は身構える。どうせひどいことを言うんだろう。「男のくせに」女の子のおもちゃが好きな人間が言われることは決まっているのだ。
ところがオーナーの反応は、まったく予想に反していた。
「いやあ、とても満ち足りた顔をしている。これは愛されている、いや愛されきっているって顔だ」
そう言うと、黄色い歯をむき出しにして、まるで赤ちゃんにするみたいに、宝石箱に向かって微笑みかけた。ぼくはびっくりして、どういう反応をしたらいいかわからなかった。それどころか、ちょっと傷ついてさえいた。
あまりに予想外の出来事に、喜びよりも混乱に陥ったなか状況は進んでいく。「ぼく」の思いつめた様子にオーナーは思うところがあったのか(ありていにいえば、自殺志願者ではないかと)、一緒にお店で働かないかとスカウトされたのだ。こうして人生は方向を変えた。
しかしこれですべてが解決したわけではなく、「ぼく」は透明計画をあきらめない。オーナーがおもちゃを買い取ってくれないので、「ぼく」はフリーマーケットでおもちゃたちを売り払うのだ。かけがえのない宝物たちを二束三文で売り払うたび、鋭い痛みが胸を刺す。しかしその痛みが、なにかを愛する気持ちこそが、もっとも手放すべきものなのだ。だが、手放しても手放しても「ぼく」は透明になれない。鬱屈した日々は続いていた。
しかしさまざまな人やできごとが、少しずつ「ぼく」を変えていく。バイト仲間の「うしおくん」。たいせつなおもちゃの桃とりんごをくれた「ひめちゃん」とのおままごとは感動的だ。そして唯一の親友「めぐる」。透明計画を打ち明けたところ、彼女は透明人間に化そうとする「ぼく」の写真を撮ることを提案する。
そしてついに、「ぼく」は自らにとって大切な年、2001年を探す旅に出る。最愛の“彼女”との再会を経て、凍り付いていた時間と心が溶けはじめる…。
繊細で、赤裸々で、透き通った「ぼく」の独白に触れるとき、痛みときらめきが読む者の胸を刺す。すりガラスの向こうに朝陽が透けてみえてくるように、新しい光の射す本だ。
文=桜倉麻子
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