「妊娠させてほしい」と頼まれただけ――。“ワリキリ婚外関係”はどうなる!?
公開日:2019/1/14

突然だが、あなたは理性と感情、どちらを優先して生きているだろうか?
筆者は、人生における後悔を減らしたいのなら、一時の感情よりも、理性で判断した方が良い場面もあるだろう……と考えつつも、ほとんどの場合、感情に釣られて生きてきた。その結果、こと恋愛においては、手痛い失敗も多く経験した。
しかし、その経験をもってしても、どちらを優先するのが正しいのか、未だに分からないのが正直なところだ。要はバランスが大切なのかもしれないが、両者の関係は非常に複雑で、考えれば考えるほど、正解などないような気がして仕方がない。
きづきあきらとサトウナンキによる『秋の鹿は笛に寄る』(集英社)は、そんな理性と感情の関係について、一歩踏み込んで考えさせられるマンガだ。
本作の主人公は、新社会人の鹿島健琉。彼には、結婚を前提に同棲している相思相愛の彼女・茉莉がいる。
大手企業の広報として働くまつりはたけるとの未来を考え、結婚前から家事を教え、お金のことも思案し、二人の理想的な関係を築き上げようと努力していた。
そんなある日、たけるは同期のメガネで巨乳のゆるふわ女子・春日凪に、彼女と結婚するつもりであることを確認されたあと、
「ねえ私と…セ…ッセックス セックスしてもらえないかな…?」
と、突然のお願いをされる。
なんでも凪は、たけるの彼女になるつもりは全くなく、子供だけ作ってくれる相手を探しているというのだが――!?
凪は、癒し系の外見で、周りからは「ボンヤリしている」と思われていたが、実際は逆であった。新人ながら、先輩を差し置いて企画を通し、お給料もたけるより上。出世も妊活も、人生計画を本気で考える女子だったのだ。
彼女は、恋愛も結婚も、時間の浪費だと考えている。なぜなら、夫の反対で本部長への出世を辞退した先輩や、2人の子供を抱えて離婚した先輩、夫が家事に非協力的で消耗する同僚たちを見てきたからだ。
「大変な思いをしてがんばって手に入れたのに その相手が重荷になって人生の邪魔をする」と感じた凪は、恋愛や結婚に割くリソースを全部省いて子供だけ作ってくれる相手を探す方が合理的だと考え、色々な条件からたけるを選び、お願いしたのだった。
筆者は最初、凪はなんて馬鹿なことを言っているのだろうと思った。しかし同時に、彼女が指摘した事実は、働く既婚女性ならば、一度は感じたことのある苦悩ではないかとも強く感じた。いつの間にか家事の負担はほとんど自分が背負うことになり、周囲もそれがさも当然のような顔をしている……。それは徐々に心と体を蝕んでいく辛さなのだ。
たけるは結局、凪のお願いを拒否できず、子作りに協力することになる。そしてお察しの通り、凪にどんどん情が移り、この関係を終わりにしたくないと願うようになる。
おまけに、彼女のまつりが望んでいる「ちゃんとした未来や結婚」は、自分の本当にほしいものか、考え直しはじめる。
凪はあくまで冷静に「どっちか片方が誤って恋愛感情持ったら終了」と契約書まで作ってよこし、セックスの際も冷たい態度を取るのだが、それがまた、たけるの心に火をつけるのだ……!
1巻の終盤では、凪の元カレも登場し、地獄のような状況へと変容して幕を閉じた。官能的な描写が多いが、理性と一時の感情、どちらを選択すべきか、深く考えさせられるマンガである。彼らの単純でない人生計画と人間模様をぜひ堪能してほしい。
文=さゆ